久邇宮朝彦親王(『京都維新史蹟』より)

静岡で謹慎生活を送っていた徳川慶喜(演・草彅剛)。「江戸幕府最後の将軍」という〈ブランド〉の利用価値に対して、新政府は常に警戒を怠らなかった。かつて歴史ファンを虜にし、全盛期には10万部を超える発行部数を誇った『歴史読本』(2015年休刊)の元編集者で、歴史書籍編集プロダクション「三猿舎」代表を務める安田清人氏がリポートする。

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「陰謀の宮」朝彦親王の蠢動

フランスから帰国した渋沢栄一(演・吉沢亮)が駿府の徳川慶喜(演・草彅剛)の元を訪ねたのは明治元年(1868)12月のことだったが、その4か月前、慶喜の周辺で明治政府に反旗を翻そうとする陰謀が持ち上がっていた。

事件を起こしたのは、賀陽宮朝彦親王(かやのみやあさひこしんのう)。耳慣れない名前かもしれないが、実は幕末の政局でそこここに顔を出した人物だ。当時は青蓮院宮、中川宮(これが一番通りがよいか)、尹宮(いんのみや)などと次々と名前を変えたが、明治以降は賀陽宮を経て久邇宮朝彦親王で落ち着いた。おおむね幕府に近い立場で、過激な尊王攘夷を掲げる長州派らとの対立を繰り返してきた。特に徳川慶喜とは昵懇の間柄で、八月十八日政変を起こして長州勢力を京都から駆逐したために、「陰謀の宮」などと陰口をたたかれた。

やがて慶応3年(1867)の大政奉還、王政復古クーデターを経て、慶喜は追討の対象となり、岩倉具視(演・山内圭哉)や三条実美(演・金井勇太)といった討幕派の公家が復権すると、朝彦親王は粟田村(京都市東山区)に謹慎・閉居を余儀なくされていた。

その朝彦親王のもとに、慶喜の密使と称する人物が接近。親王の家臣と気脈を通じるようになる。そして、明治元年(1868)7月に慶喜が駿府の宝台院に移って謹慎を始めたその翌月、当時の明治政府で司法を担当する部署として設置された刑法官が「朝彦親王に陰謀の疑いあり」として糾弾した。朝彦親王は親王位を剥奪され、広島藩の預かりとなり、明治3年閏3月まで幽閉されることとなった。朝彦親王の配流事件と呼ばれる一件だ。

陰謀の内容は、親王が慶喜に密使を送り内応を図ったとされているが、はたして現実的な計画であったのかどうかは定かではない。すでに慶喜は将軍の座を降り、徳川家の当主の座も譲った隠居の身であり、手元の家臣もわずかだった。しかし、いまだ箱館五稜郭で旧幕臣が新政府への抵抗を続けている状況下で、旧幕臣のかつての主君である慶喜の動向に明治政府が神経をとがらせていたのは間違いない。

朝彦親王と結託した慶喜が、旧幕臣を糾合して政府転覆をはかるかもしれない。明治政府は、決して慶喜への警戒を緩めてはいなかったのだ。

渋沢栄一は、慶喜のもとで日本最初の株式会社ともいわれる静岡商法会所(後に常平倉と改称)を設立し、藩財政の立て直しを図ったが、明治2年11月には明治政府の呼び出しを受けて、民部省租税正という主税局長のような役職についている。

明治政府の出仕を渋る渋沢に対し、大蔵大輔の大隈重信(演・大倉孝二)は、もし渋沢があくまでも明治政府への出仕を固辞するなら、世間は慶喜が優秀な人材を差し出すのを拒否したと見る。慶喜はまだ明治政府に逆らう含意があるのではないかと疑われることになるぞ、と説得している。

明治政府も世間も、まだ慶喜には厳しい視線を送っていたのだ。

勝海舟も感じていた、慶喜への警戒

渋沢が慶喜の元を去って約2年、明治4年7月14日に廃藩置県が断行され、静岡藩も廃された。徳川家の当主である家達は東京に戻ったが、なぜか先代の慶喜は静岡に留まった。どうも、かつての側近である勝海舟がもうしばらく静岡にいるよう進言したらしい。

当時の勝は、政府から外務大丞や兵部大丞に任命されても、なんだかんだと理由をつけてさっさと辞任を繰り返す、世捨て人のような態度だったが、かつての主君が「謀反」の疑いをかけられることには、強い危機感をもっていたのだ。

当然、朝彦親王の配流事件が念頭にあったのだろう。さらにこのころ、新政府内でも慶喜の名声を政治的に利用しようとする密謀が何度も浮上していたという。長州出身の大物、木戸孝允は、明治4年には慶喜を外務省のしかるべき役職に就けて、政府の権威を内外にアピールしたいと岩倉に語っていたという。

慶喜本人には、新政府に逆らうような兆候はまったく見られなかった。旧幕臣や新政府に叛意を抱く人々の動向にも、ほとんど無関心であったかのようだ。明治政府にとって、自分がいかに「危険」であるかを、慶喜は十分に理解していたのだろう。


安田清人/1968年、福島県生まれ。明治大学文学部史学地理学科で日本中世史を専攻。月刊『歴史読本』(新人物往来社)などの編集に携わり、現在は「三猿舎」代表。歴史関連編集・執筆・監修などを手掛けている。

 

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