平岡円四郎(演・堤真一)が仕えた江戸幕府最後の将軍徳川慶喜(演・草彅剛)。(国立国会図書館蔵)

最後の将軍徳川慶喜側近の平岡円四郎。大河ドラマ『青天を衝け』での堤真一の好演で、知名度が増している。かつて歴史ファンを虜にし、全盛期には10万部を超える発行部数を誇った『歴史読本』(2015年休刊)の元編集者で、歴史書籍編集プロダクション「三猿舎」代表を務める安田清人氏がリポートする。

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NHK大河ドラマではよくあることだが、主人公のように有名な人物ではないので、視聴者のほとんどが知らなかったが、大河ドラマで大きく取り上げられたことがきっかけで急速に知名度が上がる実在の人物がいる。

注目を集めたことが呼び水となり、新たな史料が発見されて謎に包まれていた人物像が明らかになる場合もある。

「歴史」を扱う仕事をしている立場からすると、これは大河ドラマがもたらしてくれる最良の効果だと思う。

有名なところだと、昭和44年(1969)に放送された『天と地と』が好例だろう。登場人物のひとりである山本勘助が注目を集めたために、これまで調査されることもなく放置されていた市河家文書という史料群のなかから、それまで架空の人物だとの説もあった勘助が、やはり実在したということを証明する(かもしれない)文書が見つかったのだ。

物語である大河ドラマが、実際の歴史研究にも影響を及ぼしたとして、話題となった。その後、平成19年(2007)には山本勘助を主人公に据えた『風林火山』も大河ドラマとして登場している。

『青天を衝け』でいうと、一橋慶喜(演・草彅剛)の側近で、やがては重臣となる平岡円四郎(演・堤真一)が注目される。ドラマの中では、渋沢栄一(演・吉沢亮)を一橋家にスカウトして、慶喜との「縁」を作る重要な役回りだが、それは史実通り。尊王攘夷の熱に浮かれていた栄一を、現実の政治にコミットする立場に方向転換させた、恩師のような存在でもあった。

慶喜側近たちの運命

先走った紹介をしてしまうと、なかなか攘夷実行に踏み切らない慶喜に不満を持つ尊攘の志士たちは、開国や公武合体を慶喜に吹き込んだのは平岡であると、不満と怒りの矛先を平岡に向け、ついに元治元年(1864)、平岡を暗殺してしまう。実際に手を下したのは、水戸藩士の林忠五郎(正義)と江幡貞七郎(定彦)だと記録されている。

のちに渋沢は、平岡はあまりに明敏で他人の先回りばかりをした結果、恨みをかったのではないかと語っている。恩人の死を語るにしては、やや冷淡な印象も受けるが、明治政府は、平岡を暗殺した志士たちの言わば「同志」が作ったようなものだ。彼らを非難するのは、はばかられたのかもしれない。

ちなみに、慶喜の側近では平岡より10年ほど先に慶喜に仕えた中根長十郎という人物が、文久3年(1863)に暗殺され、平岡の死後に慶喜の側近として重きをなした原市之進も、慶応3年(1867)に暗殺されている。

つまり、慶喜という人は将軍就任の前後4年間に3人の側近が暗殺されていたのだ。

もちろん、その「原因」が自分であることは、十分わかっていたはずだ。まともな神経の人物であれば、側近を失った不安や、寵臣を死に追いやった罪の意識、さらには自らの身に迫る死の恐怖などがないまぜになり、とうてい反幕府勢力との熾烈な抗争に向き合うことなどできないだろう。

そのあたりは、慶喜という人物のたぐいまれな胆力というべきか、はたまた「英邁」ゆえの冷徹さ、いわゆる「貴人情けを知らず」的な人格によるものか、一概には判断できない。

それはともかく。

平岡円四郎は、42歳にして非業の最期を遂げた。平岡については、渋沢が編纂した『徳川慶喜公伝』や、明治の文豪幸田露伴が著した『渋沢栄一伝』に若干の記述が見えるのみで、その生涯については、あまり明らかにされてはいない。ぜひ『青天を衝け』をきっかけに知名度が上がり、新たな史料 、新たな事実が浮上してくることに期待したい。

安田清人/1968年、福島県生まれ。明治大学文学部史学地理学科で日本中世史を専攻。月刊『歴史読本』(新人物往来社)などの編集に携わり、現在は「三猿舎」代表。歴史関連編集・執筆・監修などを手掛けている。

 

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