文/池上信次

「映画発祥のジャズ・スタンダード」の紹介、今回はその6回目。紹介する曲は「オン・グリーン・ドルフィン・ストリート(On Green Dolphin Street)」。ネッド・ワシントンの作詞、ブロニスラウ・ケイパーの作曲です。この曲はジャズ・スタンダード中のスタンダードといえるほど、膨大な録音が残されています。マイルス・デイヴィスをはじめ、ソニー・ロリンズ、ビル・エヴァンス、オスカー・ピーターソン、エリック・ドルフィーなどなど、モダン・ジャズ時代の名のあるジャズマンはみな取り上げている、といっても過言ではないほどです。

ウィントン・ケリー『ケリー・ブルー』(リヴァーサイド)
演奏:ウィントン・ケリー(ピアノ)、ポール・チェンバース(ベース)、ジミー・コブ(ドラムス)
録音:1959年3月10日
(データは「オン・グリーン・ドルフィン・ストリート」)
オススメしたい「オン・グリーン・ドルフィン・ストリート」はたくさんありますが、ノリのよさならこれが一番(と思ってます)。このトリオは当時のマイルス・デイヴィス・クインテットのリズム・セクションですが、この曲をレパートリーにしていた親分たちの演奏とまるで違うノリは、きっと意識的なものでしょう。

「オン・グリーン・ドルフィン・ストリート」(以下「グリーン・ドルフィン」)は、アメリカ映画『大地は怒る』の主題曲。1947年アメリカ公開、監督はヴィクター・サヴィル、主演はラナ・ターナー。日本公開は1949年で、『大地は怒る』という邦題はそのときにつけられたもの。印象的だからなのか、この楽曲が紹介されるときは必ずセットで邦題が紹介されていますので、ご存じの方も多いかと思います。またこのタイトルのせいでしょう、「『大地は怒る』はパニック映画」と紹介されているのもよく見かけますが、実際はまるで違います。映画全編(140分)じっくり鑑賞してみました。

[この先、映画ストーリーのネタバレを含みますのでご注意ください]

まず、映画原題は『Green Dolphin Street』。そうなのです、「大地」も「怒り」も関係ありません。原作はイギリス人のエリザベス・グージが書いた1944年の同名ベストセラー小説。内容は一言でいってラヴ・ストーリーです。もともとMGM映画の公募小説の受賞作だけあって、イギリスとニュージーランドを舞台に4人の男女の愛憎が交錯するという、とても映画的な波瀾万丈の物語が展開します。大地震と津波のシーンの特殊撮影がアカデミー賞特殊効果賞を受賞したこともあって、パニック映画といわれることになったのでしょうが、特撮シーンはクライマックスのためのものではなく、ストーリー的にはさまざまな出来事のひとつで、中盤のワン・シーンにすぎません。特撮そのものは、1947年製作と考えるとたいへん素晴らしいものですが、タイトルにもってくるほど映画の中心にはありません。

物語は1840年代に始まります。原題の「グリーン・ドルフィン・ストリート」は、主人公が暮らしている英仏海峡のサン・ピエール島にある通りの名前で(島は実在。通りの存在は不明)、イルカの形の道路標示板が始まってすぐに映されます(モノクロ映画なのでわかりませんが、きっと緑色なのでしょう)。「グリーン・ドルフィン・ストリート」は主人公たちの故郷であり、映画はそこで始まり、紆余曲折を経てそこに戻って終わります。そして、ストーリーで重要な役割を果たす最新型貨物船の名前が、通りにちなんで名付けられた「グリーン・ドルフィン号」。これが旅先に現れたり沈んだりと、物語を暗示する象徴的な役割を果たしているんですね。肝心の「緑色イルカ」の由来は明かされませんが(英仏海峡の島にイルカはいるのか?)、映画を見終わると「グリーン・ドルフィン・ストリート」は、具体的なイメージをもった「グリーン・ドルフィン通り」になっていることでしょう。

エラ・フィッツジェラルド&ジョー・パス『イージー・リヴィング』(パブロ)
演奏:エラ・フィッツジェラルド(ヴォーカル)、ジョー・パス(ギター)
発表:1986年
この曲のメロディと歌詞をきちんと聴きたいならば、この演奏がオススメ。ここでのエラは、1コーラス目は珍しく原メロディにきっちり忠実に歌っています。ジョー・パスのソロをはさんでの2コーラス目からは、得意のフェイクを交ぜながら軽快に飛ばしていきます。素直に歌っても崩してもエラらしさが全開です。

で、ここは映画評ではないので音楽について紹介すると、「グリーン・ドルフィン」は優雅なオーケストラ演奏でオープニングロールとエンドロールで流れます。でもいずれも1コーラス完奏されません。劇中でも何度か流れますが、いずれもテーマ冒頭をアレンジしたもので、映画の中では曲の全体は聴くことができません。率直に言って、音楽の印象はかなり薄いものなので、「映画の中の楽曲 →いい曲発見! →ジャズ・スタンダード化」ではないことは明らかです。また、映画の中ではすべてインストです。この曲はジャズ・ヴォーカルでもスタンダードになっていますので、ヴォーカルの出典は映画とはいえません。

調べてみると、映画公開の1947年にジミー・ドーシー・オーケストラがレコードをリリースしています。タイトルは「オン・グリーン・ドルフィン・ストリート」。「MGM映画『グリーン・ドルフィン・ストリート』のテーマ曲」とサブタイトルが付けられています。ここではビル・ローレンスがヴォーカルをとっていますので、歌詞は映画では歌われませんでしたが、最初からあったようです。曲名としては、「オン」が付くのですが、これはネッド・ワシントンのなにかしらのこだわりなのか……。

その歌詞は「グリーン・ドルフィン・ストリートでの恋は過ぎ去ってしまったけれど、思い出は残っている」という、じつは映画のストーリーに則った内容。もちろん、「スタンダードを歌う」ということであれば、グリーン・ドルフィン・ストリートは、たとえば恋人たちが歩くオシャレな街というイメージでいいのですけど、とくに歌の場合は、映画を知っている人とそうでない人では、表現する/受けるイメージにけっこう差が出そうですね。そういった理由もあるのでしょう、ジャズ・ヴォーカリストが取り上げるのが多くなるのは1960年代の半ばから。それ以前にインストでは一気に流行した時期があり、スタンダード化していました。インストでスタンダードになったからヴォーカルでも、という流れのようです。次回は、インストに始まる「グリーン・ドルフィン」スタンダード化を考察します。(続く)

マーク・マーフィー『ラー』(リヴァーサイド)
演奏:マーク・マーフィー(ヴォーカル)ほか
録音:1961年9月-10月
スロー・テンポでゆったりと。メロディをかなり崩して歌っていますが、それができるのはスタンダードだからゆえ。録音された1961年秋にはすでにスタンダード化していたということでしょう。ヴァースから歌っているのが珍しいところ。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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