鬼の副長といわれた新選組の土方歳三。『青天を衝け』では町田啓太が演じる。

功成り名を遂げたのち、昭和を迎えた晩年の渋沢栄一が、幕末の京都で邂逅した新選組の土方歳三のことを思い出すことはあったのだろうか。かつて歴史ファンを虜にし、全盛期には10万部を超える発行部数を誇った『歴史読本』(2015年休刊)の元編集者で、歴史書籍編集プロダクション「三猿舎」代表を務める安田清人氏がリポートする。

* * *

将軍の不在

慶応2年(1866)7月20日、幕府の第14代将軍徳川家茂(演・磯村勇斗)が亡くなった。15代将軍となるべき人物は、一橋慶喜(演・草彅剛)しかいないのは、衆目の一致するところだった。

慶喜は松平春嶽(演・要潤)らの懇望もあって、徳川宗家の家督は相続したが、将軍就任は固辞した。幕閣内には、慶喜に反感を抱く者もいた。慶喜としては、どうせ将軍になるならばより優位な環境で就任したい。そこで、将軍不在に困り果てた幕閣が頭を下げてくるまで待って、ようやく将軍に就任するという作戦だったとする見方もある。

一方で、すでに幕府の屋台骨は崩れかかっていた。さすがの慶喜も反慶喜、反水戸家の幕閣や大奥を懐柔するのに、ある程度の準備期間が必要だったと見る向きもある。

いずれにせよ、慶喜が将軍となったのは、この年の12月5日。風雲急を告げる幕末のこの時期に、実に4か月半も将軍不在の期間が続いたのだ。

潰えた渋沢の「野望」

おそらくこの4か月半の間に起きたことだと思われるが、いまや一橋家の家臣となっていた渋沢栄一(演・吉沢亮)と、幕末の京都で鳴らした近藤勇率いる新選組とのあいだに、奇妙な縁ができた。

慶喜の将軍就任を見越して、栄一やその従兄弟の喜作(演・高良健吾)は、先んじて9月7日に幕臣に取り立てられた。栄一は幕府の陸軍奉行支配調役(しらべやく)という役職に任命された。陸軍奉行に所属する書記官=事務官僚だが、要するに平時には名前だけの役職で、たいした役目もない。

そもそも栄一は慶喜の将軍就任には強く反対していた。幕府はそう長くは続かない、間もなく滅びる。慶喜はそれまで就いていた禁裏御守衛(きんりごしゅえい)総督などの役職にとどまり、幕府倒壊後の混乱状況でイニシアチブを発揮するべきだと、栄一は考えていた。

幕府が倒れたとて、公家たちに政治、とくに諸外国とわたりあう外交ができるわけがない。また、大名連中も所詮は寄せ集めで、国家の運営についてのノウハウがあるわけでもない。結局は幕府の政治システムや官僚機構を利用せざるを得ない。そうなれば、それらを自由に動かせるのは慶喜しかいない。慶喜を首班とする臨時政府が誕生することになる。

しかし、将軍の座に着いてしまったら、幕府に反感を覚える諸勢力から「打倒」の対象となってしまう。ヘタをすれば幕府とともに滅亡の道をたどることになる。

主人である慶喜を通じて、この国の行く末をコントロールする立場に立つという「野望」を抱いていた栄一は、慶喜の将軍就任方針を知り、すっかりやる気を失っていた。そこにきて陸軍奉行の事務方として働けと言われても、およそやる気も湧かなかったろう。

渋沢が命じられたミッション

そんなとき、渋沢にあるミッションが課せられた。国事犯、すなわち幕府への反逆を企てた疑いのある旗本がいるので、捕縛せよという命令だ。陸軍奉行配下の渋沢になぜ?という疑問が湧くが、その旗本大沢源次郎は御書院番士という、将軍の親衛隊のような立場の人物で、このときは京都の禁裏御警衛のために京都に滞在していた。

禁裏御警衛とは京都御所の警護役で、当時は陸軍奉行の支配下だった。そのため、京都町奉行が陸軍奉行に掛け合って協力を求めたらしい。

本来は渋沢の上司にあたる調役組頭が出向く予定だったが、その組頭は武張ったことが嫌いなお役人だったらしく、元は浪人でそれなりに修羅場も経験して度胸も据わっている渋沢にお鉢が回ってきたようだ。いわば「貧乏くじ」を引かされたことになるが、渋沢本人は「ソンナ事が好きだから」、喜んで引き受けたという。

さっそく捕縛に向かうことになったが、相手の大沢源次郎には多くの共謀者がいて、銃砲など武器の用意もしているとの情報があった。そこで、当時、京都守護職松平容保の「預かり」として、京都の治安維持に力を発揮していた新選組の手を借りることになった。

ちなみに新選組の「選」の字は「撰」とも書くが、同時代の史料には両方出てくる。当時は文字の使用にそれほど厳密ではなかったと思われるので、どちらが正しいということもない。

上司は渋沢にこう告げた。

「新選組と同道し、自分は陸軍奉行の名代だと大沢に告げ、御不審の筋があるので捕縛して糾問するから、さよう心得よと言えば、それで用は済む。あとは大沢の身柄を新選組に渡して捕縛させろ」

現場に行かない上司は気楽なものだ。

渋沢も、それならどうということもないと、軽い気持ちで京都町奉行の屋敷に行って、新選組局長の近藤勇と面会。打ち合わせを行った。そして、6、7人の新選組隊士に護衛された渋沢は、大沢が寄宿していた紫野大徳寺の境内に向かった。

事前にスパイを放ったところ大沢は不在だったので、一行は近くの飲食店で晩飯を済ませたところ、大沢が帰宅したとの情報がもたらされた。一行はさっそく踏み込むことにしたが、その途中で、渋沢と新選組との間でちょっとしたトラブルが発生する。

【新選組との論争。次ページに続きます】

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