文/柿川鮎子

ダーウィンの進化論というと、ガラパゴス諸島のイグアナやゾウガメが思い浮かびますが、ダーウィンが死ぬまで愛し続けた動物は、犬でした。犬を飼っていなければ進化論は誕生しなかった、とも考えられています。

ダーウィンと犬との深い絆を表した新刊「ダーウィンが愛した犬たち~進化論を支えた陰の主役」(エマ・タウンゼント著、渡辺政隆訳、勁草書房刊)では、ダーウィンの研究を、犬という視点から切り込んだ名著です。

犬好きすぎて叱られた、少年ダーウィン

ダーウィンは子供時代、あまりにも犬を愛しすぎて、父親から「おまえは狩りと犬とネズミ狩りのことしか頭にない」と叱られてしまいます。

少年時代にはシェラハ、スパーク、ツァーという犬を飼い、ケンブリッジ大在学中は従兄といっしょにサッフォー、ファン、ダッシュと狩りを楽しみました。ピンチャーとニーナはダーウィンがビーグル号で航海している間、彼の帰りをひたすら待っていました。

ダーウィンは一歳年上で従姉のエマと結婚し、子どもが生まれると大型犬のボブを飼い、ディアハウンドの子犬・ブランと暮らします。成犬になって引き取って欲しいと頼まれたクイズ、ターター、ペパー、バタートンのほか、義理の妹のサラ・ウエッジウッドの愛犬トニーも引き取りました。

ダーウィンはお兄ちゃんっ子で、ケンブリッジ大に進学した兄を慕っていました。兄は弟に宛てて手紙を送りますが、その文末にはダーウィンの愛犬の名前を必ず入れて「スパークによろしくつたえてくれ」と書かれていました。

愛犬家だったからこそ進化論が書けた理由とは

ダーウィンの進化論が発表された当時は、キリスト教の影響が強い時代です。動物の進化の末に人間が誕生したという考え方は、人間が神に創られた特別な存在と信じる人々にとっては、とうてい受け入れがたい学説でした。

こうした時代に、人と動物の繋がりについて平等に見る目を養えたのは、ダーウィンが愛犬家であったためだと新刊「ダーウィンが愛した犬たち」の著者・エマ・タウンゼントは考えています。

エマ・タウンゼントは「人間の祖先が動物であることを受け入れたからといって、下等な動物に降格されたことにはならないと(ダーウィンは)考えたからだ。その考えのすべてに愛犬が貢献していた」と書いています。

確かに犬を飼っていると、その豊かな感情表現が人と全く同じだと感じる機会は多いでしょう。人と同じように嫉妬をしたり、見栄を張ってみたり、喜んだり、恥ずかしがる姿を見ていれば、人と犬との共通性と繋がりを感じます。ダーウィンが愛犬家でなければ、こうした共通点に気づくことは無かったかもしれません。

「人間だけの資質とされていた多くの資質を動物も備えている」(エマ・タウンゼント)と考えたダーウィンだからこそ、進化論を書くことができました。

実は巧妙に書かれた「種の起源」

進化論を表した「種の起源」が、センセーショナルな本であることは間違いありません。頭から拒絶されないよう、ダーウィンは本の構成を工夫しています。いきなりガラパゴス諸島のイグアナを登場させるのではなく、身近な家畜から入りました。人々に親近感を持って受け入れられるようにしたのです。

「種の起源」にはこうした身近な動物を引き合いにして、読者に理解を促し、共感を持って納得できるような工夫が凝らされています。

遺伝子という概念のない時代、自然環境で生き物が変化する「進化」を、身近な馬や犬をつかって丁寧に解説しています。特にブリーディングの発達によって作出された犬は、身近で分かりやすい例として取り上げられました。

ダーウィンという人物の魅力もたっぷり

ダーウィンは犬だけでなく妻を愛し、家族を大切にする優しい父親でもありました。この本ではダーウィン個人の魅力的な素顔にも迫っています。

心無いバッシングを受けても心を保てた理由のひとつに、彼を信じる犬と妻の存在がありました。この本にはダーウィンと彼を愛した犬と家族の、優しさと愛にあふれるエピソードがもりだくさんで、読む人の心を癒してくれます。

特にダーウィンの姉のメアリアンからの手紙は感動的です。ダーウィンがエジンバラ大学に入学した時、姉のメアリアンが彼の愛犬スパークを預かりましたが、脱走してしまい、それが原因で亡くなってしまいます。愛犬が亡くなったことを知らせるメアリアンからの手紙は、深い悲しみと、弟を思いやる言葉が素晴らしく、愛犬家ならば必ず胸を打たれることでしょう。

ダーウィンが引き取った最後の愛犬はポリーで、もとは娘のヘンリエッタの犬でした。大変可愛がっていて、ヘンリエッタが結婚して家を出る時も手放さず、いつも一緒に過ごしていました。ポリーはダーウィンが亡くなった次の日、まるで主人の後を追うように息を引き取りました。

「ダーウィンが愛した犬たち~進化論を支えた陰の主役」
エマ・タウンゼント著、渡辺政隆訳、勁草書房刊

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文/柿川鮎子
明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。

 

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