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文/鈴木拓也

新たな年を迎えても、新型コロナウイルスは猛威をふるい、収束する気配もない。
今の日本人にとって、ここまで劇的な流行は初体験だが、さかのぼる江戸時代において、パンデミックは、割と普通のことであった。

そう聞けば、驚かれるかもしれない。が、当時はインフルエンザに天然痘、麻疹(はしか)、水疱、コレラと、さまざまな病原体が野放しになっており、たびたび蔓延したのである。
これを放置すれば、人命のみならず経済も壊滅的な被害を受け、ひいては政府(江戸幕府)の権威失墜にもつながりかねない…というわけで、幕府は流行の鎮圧に努力を傾けた。

こうした幕府のパンデミックへの取り組みを解説したのが、先般発売された新書『パンデミックvs.江戸幕府』だ。

本書には、ワクチンといった医療面の手立てが乏しいなか、主に経済的な手段で民衆をサポートした施策がメインに詳述されている。今でいう「定額給付金」に相当する制度もあって、なかなか興味深い。内容の一部を紹介してみよう。

感染防止が徹底された将軍のお世継ぎ

数ある感染症の中でも、江戸幕府が最も恐れたのは、天然痘と麻疹だった。
これらは、一度感染・発症すると免疫は一生続き、再び発症することはない。しかし、重症化・死亡する確率が大きかったからである。この時代に何度も流行が起き、5代将軍の綱吉も麻疹で没している。

幕府が何よりも神経をとがらせたのは、徳川将軍家のお世継ぎへの感染であった。これを防ぐための基本的な措置として、幕臣に感染者が出た場合、その者は一定の期間、お世継ぎに近づくことを禁じた。つまり、濃厚接触を徹底的に避けたのである。

それでも、お世継ぎの多くは天然痘や麻疹に罹ってしまった。そして、いったん罹ると、今度は大名・旗本らに「ご機嫌伺い」のため、献上品を携えて見舞うことが法制化されていった。

本書には、9代将軍家重の例が細かく解説されている。家重への感染防止には「最大級の神経が注がれていた」が、元服して数年後(1728年3月)に天然痘に罹ってしまう。
すると幕府は、手の平を返したように、御三家を含む全大名に「御機嫌伺」のため参集を命じた。さらに、町奉行など三奉行には、牢に入っている罪人から選んで恩赦をするよう命じる。これは、家重が無事回復することを願っての「御祝儀」という名目だ。
病が癒えると今度は、大名・旗本から祝いの品が続々と届けられた。献上品の一部は、家重付きの幕臣へとお裾分けがなされた。

2年後、家重は麻疹に感染。この時も前例にならい、御機嫌伺で献上品を求め、病気が治ると快気祝いの献上品が方々からもたらされた。

著者で経済史家の鈴木浩三さんは、あたかもルーチン化された儀式のような御機嫌伺と快気祝いを、「単なる交際という意味を超えて、将軍に対する大名・旗本の忠誠心の証となっていた」と説く。だからなのだろう、お世継ぎの感染症罹患に伴う諸行事は、幕末まで続けられた。

迅速を旨とした江戸時代版の定額給付金

18世紀末頃から、世界的なインフルエンザの流行と軌を一にするかのように、日本でもこの病が何度か流行した。病原体のウイルスは、長崎の出島に来航したオランダ船の船員よりもたらされたようだ。

死亡率は高くないが感染力は大きく、寝込んでしまった患者があまりに多くて、江戸では「大路往来絶えたり」するほどであった。

インフルエンザで床に臥すのは1週間足らずだが、「其日稼(そのひかせぎ)」と総称された下層民には一大事であった。其日稼とは、朝仕入れた鮮魚や野菜などの食べ物を、その日のうちに売って生計を立てる、まさにその日暮らしの人々。鳶職人や包丁研ぎ屋といった職人系の仕事に就業する人も含まれ、その数は江戸市中だけで30万人近くにもなる。
幕府は其日稼の全員に、「御救(おすくい)」として、回復まで数日をしのぐための銭あるいは米を支給することを目指した。いわば、現代でいう定額給付金だ。

江戸時代版の定額給付金の給付は、とにかく迅速さを追求した。百万都市の3分の1を占める其日稼が飢えて暴徒化し、打ちこわしが起きるのを恐れたのである。
そこで活躍したのが、都市行政の下部に位置する有能な名主・家主たちと、彼らを監督する町会所(まちかいしょ)だ。町の運営費の一部を積み立てた七分積金と幕府の下賜金を元手に、町会所から名主へ、そして受給者へとスムーズに金品が流れるよう、関係者は腐心した。ITのような便利なシステムのない時代にもかかわらず、申請から給付まで1週間程度の超スピードで実施したという。このおかげで、暴動は最小限に抑えることができた。

民衆の過剰な自粛を回避する政策も

江戸の町は、感染症の流行だけでなく自然災害や飢饉も多かった。御救だけでどうこうなるわけもなく、幕府は公助・共助・自助の3つの視点から、幾つかの政策を立てていた。
例えば公助については、1732年のイナゴの害による飢饉に際し、江戸城の濠の浚渫工事が行われた。そして、浚渫土を捨てに行く作業を、困窮した人々に割り当てて、末端にお金が行きわたるようにした。

庶民の暴動を未然に防ごうと、景気刺激策にも力を入れている。天保飢饉の1837年に出された町触れでは、江戸市中で普請(建設工事)と遊山(観光)が奨励された。この時、幕府は諸物価の引き下げという緊縮策を指示していたが、沈滞ムードとあいまって、お金を持っている人が消費を自粛するリスクがあった。町触れは自粛一辺倒を改めさせ、家の改築や物見遊山を促したわけである。補助金は出ないとはいえ、遊山の奨励は、Go Toトラベルを連想させる。

* * *

昨今のわが国では、「これまでに経験したことのない」異常気象を毎年のように経験しているが、今後コロナ禍の最中に激甚災害に見舞われる可能性は除外できない。江戸時代には、自然災害とパンデミックのダブルパンチが何度も起き、被害を最小限に抑えるノウハウを蓄積してきた。著者も述べているように、「新型コロナ禍を乗り越えて、経済機能を復活・復興させていくためのヒント」は、歴史から学べるかもしれない。

【今日の教養を高める1冊】

『パンデミックvs.江戸幕府』
鈴木浩三著
日本経済新聞出版

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文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は散歩で、関西の神社仏閣を巡り歩いたり、南国の海辺をひたすら散策するなど、方々に出没している。

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