文/鈴木拓也

日本人男性の平均寿命が50歳を超えたのは、戦後間もない1947年のことだという。
それ以前は、やはり「人間五十年」だったのかと思いきや、これには多分に統計のトリックが働いている。日本人の平均寿命を押し下げていたのは、実は乳幼児の死亡率が非常に高いせい。最初の何年かをなんとか生き延びれば、還暦を迎えるのもぜんぜん稀ではなかったのである。

例えば、はるか昔の律令社会においては、老人の規定は61歳から。課役が免除されるのは66歳、官僚が退官をゆるされるのは70歳というから驚く。年金制度も整備されていない時代だから、大半の人が生涯現役だった。
だから、歴史を仔細に見てゆけば、そこかしこに元気なシニアの足跡が残っている。

今回紹介する書籍『くそじじいとくそばばあの日本史』(大塚ひかり/ポプラ社)は、そんな歴史上のシニアを俯瞰した、知的好奇心を掻き立ててくれる1冊だ。

藤原時代を牛耳った政界のドンは87歳

年をとっても、権力への欲望だけは衰えないものらしい。
「凄まじきは老人の権勢欲」として著者が取り上げた1人が、藤原道長の長女にして一条天皇の皇后である藤原彰子。名前はよく知られているが、実は87歳まで「現役の政治家として、一族はもちろん、国のトップに君臨」していたのは意外。
彼女の「凄まじき」の1例として挙げるのは、半世紀の長きにわたり関白職にあった弟の頼道の件。頼道は、息子の師実(もろざね)に関白を譲ろうと考えていた。しかし―

それを弟に譲らせたのが、二人の姉の彰子です。
頼道の意向を聞いた彰子は、すでに寝所に入っていたにもかかわらず、すぐに起き出して、硯と紙を取り寄せ、手紙を書いて内裏(後冷泉天皇)に進上した。そこには、「関白(頼道)が申されることがございましても承引なさってはいけません。故禅門(道長)が確かに申し置かれた旨がございます」
とあった。この彰子の鶴の一声で、次期関白職は頼道の子ではなく、弟の教通に譲られたのです。(『古事談』巻第二・六十一)
時のミカドや関白を意のままに動かす彰子の権勢がいかに大きかったか。(本書52pより)

著者で古典エッセイストの大塚ひかりさんは、「彼女こそ『くそばばあ』と呼ぶにふさわしい実力者」と断じるが、もちろんこれは、卒寿近くでも活力旺盛な彰子へのリスペクトがこめられている。

『養生訓』を書いた84歳のご長寿

現代の日本は、超高齢化社会に入って健康ブームが長く続いているが、江戸時代にもそれに近い流行があったようだ。

その嚆矢と言えるのが、今も読み継がれているロングセラー『養生訓』。著者は藩医であった貝原益軒で、これを書いたのが84歳の頃だという。当時では異例の長寿だが、その年齢でも「目の病なく、夜、細字をよみ書く」ほどの視力があり、しかも歯は一本も抜け落ちていなかったという。

『養生訓』には、「腹八分目」など、現代人にも馴染み深い教訓が盛り込まれているが、大塚さんがさらに注目したのは、巻八「養老」の中の一節だ。

当世、老いて子に養われる人が、若い時より怒りっぽく欲深になって、子を責め、人を咎めて、心を乱す者が多い、と。
キレる老人というのが最近、何かと話題になっていますが、年取って怒りっぽくなる……というのは江戸時代も同じだったのです。(本書115pより)

キレる老人にならない予防策も『養生訓』には書かれており、それは「子の親不孝を責めず、常に楽しんで残り歳月を送る。そして物事を省いて、心労を避ける」だそうで。今に生きるわれわれも、心に刻みたい一節だ。

バカにされても自分を信じたシニア歌人

本書には、政治家や知識人ばかりでなく、ご長寿文化人も幾人か取り上げているが、これがめっぽう面白い。
その1人が、平安時代の歌人・曾禰好忠(そねのよしただ)。小倉百人一首にも歌が選ばれるなど才能ある人物であった。しかし、生前は「曾丹」というあだ名をつけられ、「バカ者」扱いされていたという。
それを物語るエピソードとして、円融天皇の園遊会に勝手に押しかけて末席に座ったという事件が記されている。

どうもおかしいと思った殿上人が、その日の係の代表者に、
「あの“曾丹”が来ているが、“召し”によるものなのか」
と聞くと、
「それはないはずです」
と言う。誰に聞いても好忠は呼ばれていないと。そこで本人に問いただしたところ、
「歌詠みどもに参上するよう仰せがあったので参ったのです。なんで参上せずにおられましょう。ここに参った方々に劣る歌詠みではござらぬ」
と言うではありませんか。(本書184~185pより)

この後、好忠はその場から引きずり出され、足蹴にされ、嘲笑を受けたという。この時の好忠は「翁」と表現されるくらいだから立派な老人。身分が高くなかったとはいえ、今なら高齢者虐待として通報されかねない仕打ちを受けたことになる。
ところが、好忠は、追い出されても「お前らは何を笑うのだ! 俺は恥もない身の上だ」などと啖呵を切ったという。この態度を大塚さんは、「『くそじじい』的にこんな素晴らしい爺さんはいないのでは?」と絶賛。それは、身分格差や狭い世界での常識を飛び越え、自分を信じて思いのままに行動したから。そして、「自分を信じる」というのは、「退職などして、若い時と比べ、社会的評価をされないようになった男性に、必要な要素だと思うんです」とも語る。

このような感じで本書は、ご長寿パワーが炸裂した昔のシニアたちの逸話が多数紹介されている。年をとることも、まんざらでもないと勇気づけられる1冊だ。

【今日の教養が深まる1冊】

『くそじじいとくそばばあの日本史』
大塚ひかり著
本体860円+税
ポプラ社

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文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)で配信している。

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