文・絵/牧野良幸

小津安二郎といえば視点の低いカメラアングル、完璧な画面構成、抑制の利いた会話などが印象的だ。映画のどこを切り出しても「小津作品」である。

そんな小津作品の中でも、この『浮草』はちょっと異色ではないかと思う。都会的で上品な人々の暮らしぶりを描くことが多い小津作品のなかで、『浮草』は旅回りの一座という“ワイルドな人たち”を描いているからだ。

『浮草』は1959年公開のカラー作品である。夏空の下、旅回りの一座が船で三重県の小さな漁村にやってくるところから始まる。たぶん愛知県で公演を終えたあと、伊勢湾を渡ってきたのだろう。セリフの中で刈谷とか、愛知県出身の僕としては懐かしい地名が出てくるからだ。それくらい小津映画には珍しく地方色が出ている。

一座の座長は駒十朗(中村鴈治郎)。そして駒十朗といっしょに一座をしきるパートナーというか連れ合いにすみ子(京マチ子)。この村には駒十朗の息子である清(川口浩)とその母親であるお芳(杉村春子)が暮らしていた。駒十朗は久し振りに二人に会ってくつろいだ時間を過ごす。しかし二人のことはすみ子には内密にしていた。

すみ子がこの秘密を嗅ぎ付け、嫉妬するところから物語は動き出す。お芳の営む一膳飯屋にどなりこんで来たすみ子を、力づくで連れ出す駒十朗。このあと駒十朗とすみ子が罵り合いを始める。

黒澤映画と見間違うほどの大雨である。軒下に立ち、小さい道をはさんで向かい合う駒十朗とすみ子は、まるで西部劇のガンマンのようである。ピストルこそ抜かないものの、激しい言葉を次々と放ち合う。

駒十朗が「このアホ!」「文句あるか!」とくれば、すみ子も「なにがなんや!」「あんたこそアホやないか!」

駒十朗が「ワイに惚れて、ころがりこんできよって!」とくればすみ子も「そんなことウチに言えた義理か!」「ナメたまね、せんとき!」

怒りをあらわす京マチ子が美しい。わずかに髪がほつれているところなど絶妙である。

京マチ子というと黒澤明の『羅生門』や溝口健二の『雨月物語』で見るように和風な雰囲気を醸し出す女優であるが(『赤線地帯』という例外もあり)、この京マチ子は浴衣を着ているのにもかかわらず、まるでヨーロッパ映画を見ているような美しさである。名カメラマン宮川一夫がシットリとした色調で撮っているせいかもしれない。カラー作品であることを感謝せずにはいられない。

一方の中村鴈治郎も負けてはいない。この人の座った目つきは「飛んじゃってる」ところがある。黒澤明の『どん底』の大家や、市川崑の『鍵』の古美術鑑定家の老人でも際どい人を演じてみせた。

もちろん『浮草』はこのシーンの他にもたくさんの見所がある。駒十朗が息子を前に顔を緩めるところは心暖まるし、一座の下っ端役者三人組には絶えず笑わせられる。杉村春子や若尾文子にも目が離せない。そして最後は親子の愛情にウルッときて、やっぱり小津映画なのである。

【浮草】セルDVD
■価格:2800円 + 税
■発売日:2012年10月26日
■品番:DABA-90891/1959年度作品
■発売元:角川書店
http://www.kadokawa-pictures.jp/official/ukigusa/video.shtml

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』『オーディオ小僧のいい音おかわり』(音楽出版社)などがある。ホームページ http://mackie.jp

 

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