足利義昭上洛に奔走するのは朝倉か織田か?。戦国のターニングポイントを活写する『麒麟がくる』。舞台は越前一乗谷。大国のトップ朝倉義景が溺愛する嫡男が謎の死を遂げた。
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ライターI(以下I):前週に将軍宣下を受けた足利義栄(演・一ノ瀬颯)が、持病の腫物が悪化している様子が描かれました。
編集者A(以下A):室町幕府将軍で唯一京都に入れなかった将軍です。歴代将軍の中でも影の薄い存在ですが、その義栄が大河ドラマに登場したことは素直に喜びたいと思います。なにしろ足利将軍家の血脈を現在に伝えているのは、義栄の弟の系統(平島公方家)です。
I:江戸時代の喜連川藩は鎌倉公方足利家の系統ですもんね。
A:はい。以前にも触れましたが、平島公方家は、江戸時代には阿波蜂須賀家で客将扱いとはいえ冷遇されたといわれます。そのため江戸後期の当主が蜂須賀家を離れて京に退去したといいます。そうしたこともあり、明治になって華族どころか士族にもなれず「平民」だったそうです。
I:大河への登場は僅かですが、そうした歴史にも思いを馳せてほしいですね。興味を持った人は、なぜ義栄が将軍になったのか、京都に入れなかったのはなぜなのか調べてみたらいいと思います。
A:そんなことしたら、この時代の権力闘争が複雑すぎて、ドラマでわかりやすく表現するのは難しいことがわかると思います(笑)。でも、三好氏の力が強力だったことは確かなので、例えば、朝倉義景(演・ユースケ・サンタマリア)周辺が上洛を躊躇した理由もわかるのではないでしょうか 。
A:今週は、一乗谷の朝倉館で、義昭の元服の儀が執り行なわれました。義景が加冠役を務めました。この席に京都から二条晴良(演・小薮千豊)を招いています。これは史実通りの描写でした。
I:〈あな めでたやー〉と言っていましたね。このお公家さんは近衛前久(演・本郷奏多)のライバル的存在ですが、冒頭部分でさっそく近衛とやり合っていました。こういう場面が大河に出てくるのは良いことだと思いますが、後半戦の尺が足りないという状況の中で、近衛家と二条家の権力闘争が始まって、やきもきしている視聴者も多いのではないでしょうか。
A:コロナ禍で収録が綱渡りというのはわかりますが、そろそろ日本放送協会も予定されている44話をやり通すのか、それとも年内で完結させるのか、はたまた多くの視聴者が望んでいる話数を増やすことを決断するのか、結論を出すべきだと思います。
I:そこがはっきりしないので、もやもやしている視聴者が多いですからね。予定されている44話をやり通すなら、越年せざるを得ません。翌年の『青天を衝く』との調整もあるかと思いますが、早めにアナウンスしてほしいものです。
光秀息女が水やりをした〈花〉に秘められたもの
I:ところで今週は、上洛を決意した義景に対して朝倉一族である景鏡(かげあきら/演・手塚とおる)が、〈上洛すなわち三好一族との戦い〉と、義昭を奉じての上洛に異をとなえましたね。平和で安穏な一乗谷での暮らしを犠牲にしてまでも、三好と戦う価値があるのか? ということですかね。
A:実は、10代将軍足利義稙が京を追われて全国を流浪した際に、一乗谷に身を寄せて朝倉貞景に京都奪還の支援を依頼したという故事があります。
I:貞景は義景の祖父にあたる人物ですね。朝倉氏の支援が期待できないと悟った義稙は大内氏を頼って周防にまで落ちていくという流れです。越前から美濃へ舵を切ろうとした足利義昭とかぶりますね。
A:伊呂波太夫(演・尾野真千子)が、義景を評して〈あのお方はこの一乗谷でのほほんと和歌など詠んでお暮しになるのがお似合いです〉と言っていましたが、『麒麟がくる』での義景の設定を的確に伝える台詞でした。先週、義景の嫡男 阿君丸(くまぎみまる)が登場し、チュー太郎(本名は忠太郎)というネズミが行方不明になって号泣します。父の義景は、光秀をほったらかして、チュー太郎捜索の陣頭指揮を取る。親バカ丸出しの行為で、前週はこの場面については触れませんでしたが、今週阿君丸が毒殺されるシーンを見て、ネズミの登場は、伏線だったのかと得心しました。
I:阿君丸の突然死自体は史実で、暗殺説が有力です。しかし誰が何のためにそのような事件を起こしたのかははっきりしていない。『麒麟がくる』では義景による上洛を阻止したい勢力による事件というのが明確に描かれました。
A:阿君丸が亡くなって義景は政務に無気力になったと伝えられています。落ち込む義景を表現するために、チュー太郎が効果的に使われました。
I:ところで光秀(演・長谷川博己)が、義景上洛について、朝倉景鏡に同心して、「論外だ!」と激昂していました。なんか酔っぱらってました?
А:まさか、本能寺の変も酔っぱらった末の暴走だったということにはならないかと思いますが、一瞬そんな事態が頭によぎりました(笑)。以前、松永久秀(演・吉田鋼太郎)と飲んでいた時も、酔った勢いで余計なことを話していましたからね。
I:さて、今週の最終盤でとても気になるシーンがありました。光秀宅を訪れた細川藤孝(演・眞島秀和)の前で、光秀息女のたま(演・志水心音)が花に水をやるシーンがありました。その花がほおずきだったんです。
A:ほう。ほおずきといえば、ほおずき市などでも有名ですが、花言葉は「偽り」「欺瞞」などがあります。さらに平安時代から解熱などの薬効が知られていたようです。
I:医学にも詳しかったといわれる光秀宅の庭に薬効のあるほおずきが植えられていたという設定なのか、戦国時代に花言葉は存在していないわけですが、藤孝を象徴する「偽り」「欺瞞」を暗喩するために登場させたのか、私にとっては意味深なシーンでした。
A:藤孝は自分にも6歳の子がいると言いました。後にたまが嫁ぐ忠興のことですかね。その場面に「偽り」「欺瞞」の花言葉を持つほおずきを登場させる制作陣になんらかの意図があったと考えるのが自然ですね。その答えは本能寺の変の前後に明かされるということでしょうか。もしかしたら光秀の未来を暗示する花なのかもしれません。
I:光秀が本能寺の変に至る道筋は、設定や演出次第ではドキドキハラハラが止まらない展開になると信じています。今風にいえば、韓国ドラマ『愛の不時着』を凌駕するドキハラドラマになるポテンシャルがある。ほおずきのシーンはその序章だとにらんでいます。
A: ほおずきはともかく『愛の不時着』を凌駕する展開に出来うるという見解には賛成です。ジャンルは全く異なりますが、『麒麟がくる』制作陣には、歴史ある大河ドラマを制作しているという誇りと矜持を示してほしいですね。韓国ドラマに負けるな!、といいたいです。
●ライターI 月刊『サライ』ライター。2020年2月号の明智光秀特集の取材を担当。猫が好き。
●編集者A 月刊『サライ』編集者。歴史作家・安部龍太郎氏の「半島をゆく」を担当。初めて通しで視聴した大河ドラマは『草燃える』(79年)。NHKオンデマンドで過去の大河ドラマを夜中に視聴するのが楽しみ。編集を担当した『明智光秀伝 本能寺の変に至る派閥力学』(藤田達生著)も好評発売中。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり