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夏になると、どこからともなく流れてくるボサ・ノヴァ。遠い異国の音楽なのに、今や日本の夏の風物詩といってもいいほどに広く認知されています。ボサ・ノヴァは夏という季節とは関係のない音楽なのですが、その心地よく優しい響きが、発祥地であるリオデジャネイロの美しい景観のイメージともあいまって、暑い夏に涼しげに感じられるからなのでしょう(日本の夏は南半球・リオでは冬なのですけど……)。

ボサ・ノヴァはブラジルの大衆音楽であるサンバやショーロなどの流れの上に生まれた、「新感覚(=ボサ・ノヴァ)」のポピュラー音楽です。「定説」としては、1958年にジョアン・ジルベルト(ヴォーカル、ギター)が発表したシングル「シェガ・ジ・サウダージ(想いあふれて)」がボサ・ノヴァの最初のレコードとされています。作詞はヴィニシウス・ジ・モライス、作曲はアントニオ・カルロス・ジョビン。録音、発表はリオデジャネイロにて。もちろん新しい音楽が突然生まれるはずはなく、ブラジル音楽の歴史の流れの上にボサ・ノヴァは生まれたのですが、この演奏にはボサ・ノヴァとされる要素がすべて揃っていることを考えると、「最初の」という認識は目安としては正しいといえるでしょう。それは、ジョアンの静かな声と新しいギターのリズム、ジョビンの斬新な作曲感覚、モライスの歌詞のサウダージ(郷愁感)の組み合わせです。ほかにもボサ・ノヴァの演奏者、作家はいますが、この3人の組み合わせはその象徴といえます(ちなみにブラジル音楽のもっとも大きな幹であるサンバは、1910年代にスタイルが確立され、2016年がサンバ誕生100周年とされています)。

ボサ・ノヴァでもっとも知られる曲は「イパネマの娘」でしょう。この曲は1964年に(ブラジルではなく)アメリカで大ヒットし、そこからボサ・ノヴァは世界に広がりました。これにも先の3人が関わっていますが、ここにもう2人の重要人物が加わります。アメリカ人ジャズマンのスタン・ゲッツ(テナー・サックス)と、「英語で歌う」アストラッド・ジルベルトです。リオで生まれたボサ・ノヴァは、アメリカに渡り、このふたりの参加によって大きく変貌しました。

スタン・ゲッツ&ジョアン・ジルベルト『ゲッツ/ジルベルト』(ヴァーヴ)
ボサ・ノヴァといえば、まずこの1枚というべき世界的大ヒット・アルバム。じつはリオの音楽のパッケージではなく、世界向け市場を意識した「アメリカ産」のアルバム。1964年発表。

まず、人気サックス奏者のゲッツが演奏したことより、この「異国の音楽」が、アメリカ人になじみのある「ジャズ」の新しいスタイルとして受け入れられたこと。そしてアストラッドの英語による歌唱。リオではポルトガル語で歌われていたのですが、アメリカをはじめ世界を相手にするために英語で歌ったのです。これをきっかけに、ボサ・ノヴァは世界的に注目され、楽曲は多くのミュージシャンに取り上げられるようになりました。多くのジョビンの曲がジャズの世界ではスタンダードとなり、あのフランク・シナトラもジョビンとの共演アルバムを作ったほどでした。ボサ・ノヴァは、本来ジャズとは直接関係のない音楽で、ポルトガル語の語感もボサ・ノヴァらしさのひとつの象徴といえますが、「イパネマの娘」のヒットでこの音楽が広く認知されなければ、ずっとブラジルの「地域ポップス」だったかもしれません。

その後はアメリカ経由ではなく、リオ発信の音楽として紹介されるようになり、ブラジルのボサ・ノヴァ・アーティストたちも世界から注目されるようになりました。「イパネマの娘」がひとつの大転換点ではありましたが、ボサ・ノヴァはその後もたえず変化し、現在にいたっています。たとえば、1980年代にデビューした小野リサは、日本を拠点にしていながらも現在ではボサ・ノヴァ界をリードする世界的な存在となりました。90年代にはエヴリシング・バット・ザ・ガールがボサ・ノヴァとドラムンベースを融合させる一方、ジョアン・ジルベルトが原点回帰のアルバムを作りました。

ジョアン・ジルベルト『声とギター』(ユニバーサル)
ボサ・ノヴァ「創始者」のひとり、ジョアン・ジルベルトの弾き語り。40年を経た「最初の」ボサ・ノヴァ名曲の再演もあり。極限まで研ぎすまされたボサ・ノヴァの姿がここに。1999年発表。

また、2000年代には坂本龍一がジョビンのグループのメンバーとともに真正面からボサ・ノヴァを演奏したり、黎明期から活躍するセルジオ・メンデス(ピアノ)は、「ボサ・ノヴァ誕生50年」の年にラッパーのウィル・アイ・アムと共演したりと、国境もジャンルもまたぎながらさまざまな姿を見せています。

そういった変化の中にあっても、ボサ・ノヴァの変わらぬ魅力を感じさせるのが「名曲」。とくに黎明期に作られたボサ・ノヴァの名曲たちは、外見は変化しても強い存在感をもっています。もともとは優しい音楽でありながら、じつはメロディやサウンドの強い個性も魅力なのですね。ぜひさまざまな演奏を聴いて、ボサ・ノヴァの魅力を味わってください。

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『熱帯夜のBossa Nova絶対名曲20 ~プレイリスト・ウイズ・ライナーノーツ005』
池上信次
/選曲&解説(小学館スクウェア発行 小学館販売)
価格220円

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