取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆

囲碁の道に入って半世紀。女流棋士の体力と気力は、ホームベーカリーが焼いてくれるパンと、季節の果物が支えている。

【新海洋子さんの定番・朝めし自慢】

前列中央から時計回りに、自家製パン(クルミ・レーズン)、オリーブオイル、季節の果物(イチジク・柿・ゴールドキウイ)、ヨーグルト、カフェオレ、白湯。ヨーグルトは果物にかけて食す。オリーブオイルはイタリア在住の友人から入手するトスカーナ産。カフェオレに砂糖は入れない。

前列中央から時計回りに、自家製パン(クルミ・レーズン)、オリーブオイル、季節の果物(イチジク・柿・ゴールドキウイ)、ヨーグルト、カフェオレ、白湯。ヨーグルトは果物にかけて食す。オリーブオイルはイタリア在住の友人から入手するトスカーナ産。カフェオレに砂糖は入れない。

クルミやレーズンを入れない白いパンには、炒擂り胡麻にオリーブオイルを落として混ぜ、パンにのせていただく。炒り胡麻は東京・池上の胡麻専門店『いい友』製を愛用。

クルミやレーズンを入れない白いパンには、炒擂り胡麻にオリーブオイルを落として混ぜ、パンにのせていただく。炒り胡麻は東京・池上の胡麻専門店『いい友』製を愛用。

「就寝時間は決まっていないのですが、最近は朝が早くて5時頃には目覚める。その1時間後、6時頃から朝食です」と、パンにオリーブオイルをつけていただく新海洋子さん。

「就寝時間は決まっていないのですが、最近は朝が早くて5時頃には目覚める。その1時間後、6時頃から朝食です」と、パンにオリーブオイルをつけていただく新海洋子さん。

11歳11か月──。囲碁棋士五段の新海洋子さんが囲碁と出会った年齢である。昭和45年、父に碁会所に連れて行かれたのが最初だが、決して早くはない。

「碁会所の先生はアマチュア六段ぐらいでしたが、今、考えると、とても形のいい、筋のいい碁でした。父と相談していたらしく、教える順番も考えていてくださった。最初に、正しい囲碁の道を教わったのは幸運でした」

同46年、中学2年の時にその先生の勧めで日本棋院の院生に。院生とは、プロを目指す子供たちが入る専門塾のようなものだ。院生時代の16歳で岩本薫九段(明治35~平成11年)の門下生となる。

「“来る者拒まず”で受け入れていただき、先生の囲碁サロンに通い始めました」

師である岩本薫氏はその晩年、碁の海外普及に情熱を注いだ。ブラジルのサンパウロに続いて平成4年、オランダ・アムステルダムに囲碁会館が竣工し、それを記念して師と共に同地を訪れた時の一葉う。新海さん34 歳の頃。

師である岩本薫氏はその晩年、碁の海外普及に情熱を注いだ。ブラジルのサンパウロに続いて平成4年、オランダ・アムステルダムに囲碁会館が竣工し、それを記念して師と共に同地を訪れた時の一葉う。新海さん34歳の頃。

岩本氏の色紙が宝物。“五もつ”、つまり健康、目的、趣味、友人、お金の5つを持てば人生は楽しいとあり、お金は少々というのがミソ。

岩本氏の色紙が宝物。“五もつ”、つまり健康、目的、趣味、友人、お金の5つを持てば人生は楽しいとあり、お金は少々というのがミソ。

昭和53年にプロ入りし、平成10年五段に。五段となって初めて高段者とされるのだが、この時点でまだ無冠。平成11年、第1期女流最強戦で初タイトルを奪取する。この時41歳と遅咲きではあったが、その5年後には女流最強戦2回目の優勝を果たしている。

平成16年、第6期女流最強戦で優勝。同11年に次ぐ最強戦2回目の優勝だった。その就位式には、「中学時代の友人らが大勢駆け付けてくれて、嬉しかったですね」と、当時を懐かしむ。

平成16年、第6期女流最強戦で優勝。同11年に次ぐ最強戦2回目の優勝だった。その就位式には、「中学時代の友人らが大勢駆け付けてくれて、嬉しかったですね」と、当時を懐かしむ。

ところで、碁の才能は何で決まるのか。碁に向いている性格というものがあるのか。

「勝ったり、負けたり、の両方を楽しめる人。負けることが好きな人はいないでしょうが、それも全部受け入れて楽しむ。次にまた、頑張ればいいのですから」

白湯で胃腸を目覚めさせる

3食の中でも朝食が一番楽しみ、と新海さんはいう。それは13年前からホームベーカリーでパンを焼くようになったからだ。

「このホームベーカリーは本当に“優れもの”で、パンを焼いてくれるだけでなく、生種の天然酵母も作ってくれるんですよ」

ホームベーカリーは“タロー君”と命名。「タロー君、お願いしまーす」とスイッチオンし、その7時間後には「上手に焼けたね」と取り出す。一度に焼くパンは1斤半。これを7枚に切り、1枚の半分が1食分。残りは冷凍に。

ホームベーカリーは“タロー君”と命名。「タロー君、お願いしまーす」とスイッチオンし、その7時間後には「上手に焼けたね」と取り出す。一度に焼くパンは1斤半。これを7枚に切り、1枚の半分が1食分。残りは冷凍に。

強力粉(きようりきこ)は400g(1斤半分)ずつ小分けにし、冷凍保存。年代物の秤は囲碁の道に導いてくれた父の遺品で、パンを焼くようになってから使い始めたという。

強力粉(きようりきこ)は400g(1斤半分)ずつ小分けにし、冷凍保存。年代物の秤は囲碁の道に導いてくれた父の遺品で、パンを焼くようになってから使い始めたという。

朝食にはそのパンと旬の果物が並ぶが、まず口にするのが白湯だ。

「睡眠中に冷えた胃腸を温め、目覚めさせてくれるのが、1杯の白湯だからです」

その後、ゆっくり朝食を楽しむが、健康法は食べ過ぎないことと運動。還暦を迎えたのを機に、愛車を手放し、歩くことを心がけている。加えて、週に3回は近所のスポーツジムで汗を流すのも習慣だ。食事と運動が、対局に臨む女流棋士の体力と気力を支えている。

碁の楽しさを広めるために、『CACOMO』を考案する

現在、新海さんは『ホテルオークラ東京 囲碁サロン』の指導棋士を始め、月5~6回は指導碁を受け持っている。また今、力を注いでいるのが囲碁人口の広がりだ。

「10年ほど前には、囲碁の基本ルールで遊ぶ『CACOMO』というボードゲームを考案しました。囲碁の“囲”は“かこむ”という意味であり、駒を、ボードをみんなで“カコモう!”の気持ちです」

『CACOMO』(カコモ)発表会には、多くの囲碁関係者が詰めかけた。チーム制で、カード(座標が書かれている)を使い、カードが示している場所にしか打つことができない。ある意味、“不自由さ”が特徴だ。

『CACOMO』(カコモ)発表会には、多くの囲碁関係者が詰めかけた。チーム制で、カード(座標が書かれている)を使い、カードが示している場所にしか打つことができない。ある意味、“不自由さ”が特徴だ。

『CACOMO』(カコモ)発表会には、多くの囲碁関係者が詰めかけた。チーム制で、カード(座標が書かれている)を使い、カードが示している場所にしか打つことができない。ある意味、“不自由さ”が特徴だ。

基本的には囲碁のルールに準拠するが、ふたり一組で戦うチーム戦であること、カードを用い自由に置けないこと、などの特徴がある。この縛りで子供と大人、初心者と経験者などが強い、弱いに関係なく戦える上に、打つ場所をカードで決めるので、初心者の戸惑いをなくしてくれる利点がある。

「今、フランスなどヨーロッパでこの『CACOMO』が静かなブームで、子供らが嬉々としてこれで遊んでいる。ここから囲碁へと人が流れてきてくれれば嬉しい」

師の岩本薫氏は80歳を過ぎてから、私財を投じて碁の海外普及に奔走した。その志を胸深く、国内のみならず海外でも囲碁人口の裾野が広がってほしいと願う。

オリーブオイルを分けてくれる岡勇さん(アマ三段)が、イタリアから一時帰国し、一手指南。指導碁は1時間ほどで終了し、その後、並べ直して手直しや指導が行なわれる

オリーブオイルを分けてくれる岡勇さん(アマ三段)が、イタリアから一時帰国し、一手指南。指導碁は1時間ほどで終了し、その後、並べ直して手直しや指導が行なわれる

今なお、尊敬する加藤正夫九段(平成16年没)の2年間の棋譜をなぞって研究する。碁盤の前に座ると顔つきが一変、勝負師のそれになる。碁盤は岩本薫氏から譲り受けたものだ。

今なお、尊敬する加藤正夫九段(平成16年没)の2年間の棋譜をなぞって研究する。碁盤の前に座ると顔つきが一変、勝負師のそれになる。碁盤は岩本薫氏から譲り受けたものだ。

取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆

※この記事は『サライ』本誌2020年2月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。

 

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