処方薬「睡眠薬・睡眠導入剤」は中枢神経に作用する
眠れない人が増えています。とりあえず市販薬で何とかならないかとドラッグストアへ出かける人も多いでしょう。眠れる薬の広告は昔からよく見られます。「睡眠薬」という言葉には今でもちょっと抵抗感を感じる人が多いようですが、市販薬ならその抵抗感が薄まります。また市販薬なら副作用の心配もないだろう、という気持ちもあると思います。
病院で処方される「眠れるお薬」と市販薬の違いについて説明します。
処方される薬は「睡眠薬・睡眠導入剤」です。一方、ドラッグストアで買える市販薬は「睡眠改善薬」と言います。名前はよく似ているのですが、この2つは作用機序がまったく異なる薬です。作用が違えば副作用も異なります。両者の区別はとても大切です。
まず睡眠薬・睡眠導入剤は、慢性的な不眠症状、つまり不眠症の患者さんに処方される薬で、「向精神薬」に分類されます。向精神薬とは、中枢神経に作用して精神機能(心の動き)に影響を及ぼす薬の総称で、睡眠薬のほか、抗精神病薬、抗うつ薬、抗不安薬などがあります。中枢神経に働きかけるのですから、それなりに強い作用と副作用があります。
睡眠導入剤といっても「軽い」わけではない
次に、睡眠薬と睡眠導入剤の区別ですが、効き目の持続時間の違いです。不眠症の処方薬は、「作用する時間の長さ」で次の4つに分類されます。
1 超短時間作用型(寝つきが悪い)3〜4時間程度
2 短時間作用型(寝てもすぐ目が覚めてしまう)5〜6時間程度
3 中間作用型(夜中に目が覚めてしまう)12〜24時間程度
4 長時間作用型(早朝に目が覚めて眠れない)24時間以上
1の「超短時間作用型」が睡眠導入剤です。作用時間は3〜4時間ですが、薬効成分の血液濃度が最高に達するのは、その半分の時間、1時間半〜2時間(これを半減期といいます)。就寝前に飲めば、ちょうど半減期に、効き目のピークに寝つけるというわけです。
寝つけさえすれば大丈夫、問題ないという人には、この睡眠導入剤が処方されます。眠れないと悩む人にいちばん多いのが寝つきの悪さです。「最近ちょっと寝つきが悪くて」とかかりつけ医に訴える患者さんに処方されるのも、たいがい睡眠導入剤です。不眠症の専門でなければ、「睡眠導入剤なら軽いから副作用も軽い」と思っている医師も実際少なくありません。
しかし、睡眠導入剤も中枢神経に作用を及ぼす向精神薬のひとつ。脳内の神経伝達物質をコントロールすることで眠くする薬です。決して飲みつづけてもいい薬ではありません。
市販の眠れるお薬の主成分は、かゆみ止めと同じ
一方、市販の睡眠改善薬は、特に病的な原因が見当たらない人が一時的に使用する薬です。たとえば「寝つきが悪い」「夜中目が覚める」「朝早く目が覚めて、そのあと眠れない」といった症状です。
こちらの有効成分は主にジフェンヒドラミンです。どこかで聞いたことがありませんか? かゆみやくしゃみ、鼻水などアレルギー症状を抑えるかゆみ止め(抗ヒスタミン剤)の有効成分と同じです。
なぜ眠れるお薬が、かゆみ止めと同じなのでしょうか?
ジフェンヒドラミンを使った薬の説明書には、副作用として「眠くなる成分が入っていますので、服用するときは気をつけてください」といった注意が書かれています。抗ヒスタミン剤を飲んだ後は車の運転をしないでくださいと言われることもあります。実際に眠くなるかどうかは個人差がありますが、この眠くなる副作用を利用したのが市販の睡眠改善薬なのです。
たとえば、かゆみ止めの「レスタミン」に含まれるジフェンヒドラミンは1錠10mg。一方、睡眠改善薬の「ドリエル」に含まれるジフェンヒドラミンは1回量で50㎎。かゆみ止めのレスタミンを5錠飲めば同じ量になります。しかも、ドリエルの価格はレスタミン5錠よりかなり高く設定されています。
このあたりは微妙なものですが、薬にはプラセボ効果というものがあります。成分が同じだからといって、睡眠改善薬を飲むのと、かゆみ止めを飲むのとでは気分的にぜんぜん違うと思えば、多少割高でも「ドリエル」を選ぶ意味はあるのかな、と思います。
以上でおわかりかと思いますが、市販の睡眠改善薬は気休め程度のものです。もちろん気が休まれば十分、という考え方もあります。しかし深刻な不眠症を抱えている人に適切な薬ではありません。
プラセボ効果がどれほどあるかにもよりますが、ふだんジフェンヒドラミンを飲んでいるけれど眠くなったことは一度もないという人は、睡眠改善薬としての効き目は期待できないかもしれませんね。
宇多川久美子(うだがわ・くみこ)
薬剤師、栄養学博士。一般社団法人国際感食協会理事長。健康オンラインサロン「豆の木クラブ」主宰。薬剤師として医療現場に立つ中で、薬の処方や飲み方に疑問を感じ、「薬を使わない薬剤師」をめざす。薬漬けだった自らも健康を取り戻した。現在は、栄養学や運動生理学の知識も生かし、感じて食べる「感食」、楽しく歩く「ハッピーウォーク」を中心に薬に頼らない健康法をイベントや講座で多くの人に伝えている。近著に『薬は減らせる!』(青春出版社)。
構成・文/佐藤恵菜