母の介護を契機に洋風から和風献立に。その時の医師の助言を守った、海藻料理を欠かさぬブランチが生涯現役の秘訣だ。
【阿見紀代子さんの定番・朝めし自慢】
ヴィブラフォーン奏者の阿見紀代子(あみ・きよこ)さんは、最初からこの道を選んだわけではない。クラシックのピアニストを目指して音楽大学で学んでいたある日、友人に誘われて初めて東京の老舗ジャズ喫茶『ピット・イン』の扉を開ける。
「ライブの休憩時間にかかった1枚のレコードが、私の人生をジャズの世界へと導いてくれました」
それがミルト・ジャクソンが奏でるヴィブラフォーンだった。ちなみに、ヴィブラフォーンとは鉄琴のこと。ミルト・ジャクソンはこの楽器の有名なプレイヤーだ。その音色に魅せられて、大学を中退して独学で学び始める。マリンバ(木琴)が基本となるので、マリンバ奏者にも師事。ジャズの本場、米・ニューヨークも旅した。
研鑽の日々を重ねてプロとなり、フルート、ピアノ、ヴィブラフォーンの女性3人組で活動。1991年にはニューヨークでCD録音。その頃、ライオネル・ハンプトン楽団のメンバーとして活躍のエルマー・ギルと出会い、弟子入り。スイス建国700年記念祭には師と競演し、’93年には師との日本全国ツアーも成功させた。今や女性ヴィブラフォーンの第一人者として、そのパワフルで繊細な演奏は多くのファンの心を魅了している。
’95年には東京・銀座に『アミズ・バー』を開店。ジャズ・ミュージシャンに発表する場を提供したい、との強い思いからである。
ブランチが健康源
プレイヤーであり、またライブ・ハウスオーナーでもある阿見さんだが、朝は早い。愛犬に起こされて7時起床。1食目は朝昼兼用のブランチが習慣だ。
「16年前に逝った母の介護でよく作ったのが、もずくやひじきなどの海藻を使った料理。3食のうち1食には必ず海藻を入れなさい、というのが医師からの助言でした。私の場合、ブランチが最も充実しているので、この10年ほどはブランチで海藻を摂っています」
畢竟、肉中心の洋風から献立は和風に変わった。海藻は酢の物にしたり納豆に混ぜたりすると摂りやすい。また、夜が遅くなりそうな日や気の張る仕事がある日は、これらに加えてハムエッグなどの卵料理が登場。いずれにしても、このブランチがミュージシャンの健康の源であるのは間違いない。
ジャズ・ミュージシャンの夢の場所として、店を守り続けたい
映画が好きな阿見さんに、ライブ・ハウスを開くという夢を与えてくれたのは、『ベニイ・グッドマン物語』のワンシーンである。
「ヴィブラフォーン奏者のライオネル・ハンプトン扮する、港町の小さなレストランでの一人三役。シェフからバーテンダー、そしてヴィブラフォーン奏者。その粋な姿に憧れて、私もいつの日か、店をもってみたいと思ったのです」
その夢を叶え、『アミズ・バー』ではライオネル・ハンプトンさながらにシェフ、バーテンダー、プレイヤーの一人三役の活躍だ。
映画といえばもうひとつ、『アミズ・バー』に重ねた作品がある。ケビン・コスナー主演の『フィールド・オブ・ドリームス』だ。
「農夫の彼が、とうもろこし畑をつぶして野球場を作るお話。すると伝説の大リーガーたちが来て、夢中でプレイをするというファンタジー。ジャズ・ミュージシャンと共通するところがあり、私のお店もそんな夢の場所として守り続けたいと思っています」
5年前に大泉学園に移転したが、『アミズ・バー』はこの3月27日、28周年を迎える。
アミズ・バー
東京都練馬区東大泉1-37-3 509タワー3階
電話:03・6904・5586
定休日:月曜・火曜
営業時間:平日18時30分開店、土曜17時開店、日・祝16時開店。全20席。
※この記事は『サライ』本誌2023年4月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。 ( 取材・文/出井邦子 撮影/馬場 隆 )