コロナ禍の影響で我慢する生活が長引き、メンタル面の不調を訴える人が増えています。それは、子どもたちも例外ではありません。自律神経の専門医で順天堂大学医学部の小林弘幸教授は、「いちばん危ないのは子どもたちのメンタルだ」と危惧しています。小林先生の著書『本番に強い子になる自律神経の整え方』で、深刻な現状になっている子どもたちに対して、大人は何をするべきなのかを伺いました。
文/小林弘幸
「心」は後からついてくる、大切なのは「体」と「技」
ここで紹介するものは、フィジカルを刺激する方法で、精神論は一つもありません。自律神経の安定は、フィジカルがしっかりしてこそ得られるからです。ここは、大事なポイントです。
武道などの世界を中心に、よく「心・技・体」という言葉が使われます。何事も「心(精神力)」「技(技術)」「体(体力)」のバランスが大事だという教えですが、なかでも精神力が非常に重要視されます。「心が正しく整わなければ、技も体もついてこない」というわけです。
しかし、それは逆で「体・技・心」だと私は考えます。なによりも大事なのは「体」です。私の専門である自律神経は、ここでいう「心」にあたりますが、それだけを先に整えようと思って整うものではありません。
あるお母さんが、ピアノを習っている小学生の娘さんについて、こんな相談を寄せてきました。「うちの子は、レッスンではとても上手に弾けるのに、発表会になると失敗してしまうのです。もっとメンタル面を強くするにはどうしたらいいでしょうか」ピアノに限らず、こうした悩みを抱える人は、子どもだけでなく大人にもたくさんいます。
しかし、この子が発表会で失敗してしまうのは、そもそも「技」が完璧でないからです。レッスンでうまく弾けていてもまだまだ「技」が未熟なために、それが本番で出ているにすぎません。そこを飛ばして「心」にばかり原因を探っても、問題は解決しないどころか、この子はさらに追い詰められてしまいます。
私は、プロスポーツ選手やオリンピックに出場するようなトップアスリートに、自律神経の整え方を指導しています。一流の選手になれば、すでに「体」「技」はしっかりできあがっているケースが多いので、ちょっとしたヒントを与えることで「心」も整っていきます。しかし、まだ「体」や「技」が未熟であれば、そちらを徹底的に鍛えることに力を注いでもらいます。大事な本番になると実力が出せないというのは、体力や技術が足りていないだけのことです。この解釈を間違えていると、いつまでたっても「心」の状態も良くなりません。
「肺活」と「腸活」が極めて有効
子どものメンタルに関しても、親自身のメンタルに関しても、精神論を展開してはいけません。まずは、体を整えてあげることです。そのために大切なことの一つが「呼吸」です。精神的に不安定な状態に陥ると、交感神経が強く働きすぎて呼吸は浅くなります。そして、呼吸が浅くなると交感神経はさらに暴走するという負の連鎖に陥るのです。
ここでは「肺活」と称して紹介していきますが、肺を鍛えることで、普段から深い呼吸ができるようになり、自律神経が整っていきます。
もう一つ、腸内環境を良くする「腸活」も極めて有効です。腸と自律神経は密接に関与し合っており、自律神経が乱れれば腸内環境は悪化し、腸内環境が悪化すれば自律神経が乱れるからです。
もちろん、運動も大事です。外出の機会が減り、大人も子どもも「コロナ太り」が増えてきました。ストレス解消のためにも体を動かしましょう。
ほかにも、生活におけるさまざまな改善点を提案します。自律神経の乱れは、昨日今日にいきなり起きるわけではありません。小さな積み重ねが、いつの間にか大きな問題となっているわけです。そして、その大きな問題を解決するのも小さな積み重ねです。ご紹介する方法をちょっとずつ親子で試していくことで、必ず自律神経は整っていきます。
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『本番に強い子になる自律神経の整え方』(小林弘幸 著)
小学館
小林弘幸(こばやし・ひろゆき)
順天堂大学医学部教授。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。1960年、埼玉県生まれ。87年、順天堂大学医学部卒業。92年、同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属小児研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学医学部小児外科講師・助教授などを歴任する。自律神経研究の第一人者として、トップアスリートやアーティスト、文化人へのコンディショニング、パフォーマンス向上指導にも携わる。順天堂大学に日本初の便秘外来を開設した「腸のスペシャリスト」としても知られ、腸内環境を整える味噌汁や自律神経を整える呼吸法やストレッチを考案するなど、健康な体と心をつくるためのさまざまな方法を提案している。