文/鈴木拓也
声と喉の病気全般を診る国際医療福祉大学東京ボイスセンターには、「思うように声が出ない」といった声のトラブルで受診する人が、とみに増えているという。
原因として考えられるのは、常にマスクをつけ、外出も控えがち、会話の機会が激減したライフスタイルにある―そう説くのは、同センターの渡邊雄介センター長だ。
マスク生活と3密回避で「声筋」が衰える
渡邊センター長は、著書『マスクをするなら「声筋」を鍛えなさい』(晶文社)の中で、いわゆるニューノーマルの生活がもとで、心身の不調をきたした事例をいくつか紹介している。
例えば、悠々自適の生活を送っているシニアの夫婦。同居する保育士の娘がいて、「娘の仕事に差し支えがないように」と、外での趣味の活動を控え、自宅内でも3密を防ぐようにしていた。
何か月かして、久しぶりに一家3人が食事を共にしたところ、夫婦は何度も激しくむせ込んでしまったという。
その話を聞いた渡邊センター長は、「声筋が衰え、度々誤嚥しそうになって、反射でむせ込んでいるのではないか」と疑った。飲み込み力を見る簡単なテストでは合格ライン内だったが、もし声筋の衰えが進んで誤嚥するようであれば、肺炎にかかるリスクがあった。
ここで出てくる聞きなれない言葉「声筋(こえきん)」とは、内喉頭筋という小さな筋肉群のこと。声帯を閉じ、気道を閉鎖するといった働きをする。これが、マスク生活で会話が減ることで衰え、誤嚥しやすくなる。また、「力む」「踏ん張る」ことも難しくなり、ペットボトルの蓋が開けられないとか、転倒のリスクも増大するという。渡邊センター長が、「やがて生命に関わる事態を招きかねません」と警告するのはこのためだ。
セルフケアで声筋の衰えを防ぐ
声筋の衰えといっても、自分で声筋を見て確認することはできない。
そのため、渡邊センター長は、本書に簡単なチェックリストを載せている。例えば「のどの痛みを感じて、のど飴をよくなめる」「呼びかけても無視されることが増えた」というのがある。
1項目でも当てはまれば、ケアやトレーニングが必要なタイミング。本書には簡単なセルフケアがいくつか掲載されている。その1つ「ハミ活」を紹介しよう。
【ハミ活の方法】
のどには力を入れず、リラックスをして、好きな歌をハミングで歌う。「ん」の音を鼻腔に響かせるイメージで歌い、頬や鼻が振動している感覚をつかんで。
このハミ活、朝起きてだれかと会話する前に1曲歌ってみるとよいそうだ。
渡邊センター長は、日中も意識して声を出すようにとアドバイスする。ただし、おしゃべりが30分以上続く場合は、聞き役に徹する時間を持つ。これは、声筋を休ませるため。大声はご法度だ。
日が暮れたら、家族あるいは仲間と会食しながら、楽しいおしゃべりのひとときを持つ。晩酌や飲み会も「大事なリフレッシュの機会」となるが、飲みすぎると声が大きくなりやすいので注意する。
咳払いや口呼吸は絶対ダメ
話しすぎとは別に、「声筋に負担をかけ、衰えを加速させる」として、渡邊センター長が「絶対NG」としていることが4つある。
その1つが、意外にも咳払いだ。
声帯を強くこすり合わせて傷つける可能性があるので、咳払いがクセになっている人は意識して改めましょう。咳払いをしたくなったら水を飲み、のどをうるおして我慢してください。(本書より)
ほかの3つのNGとして、口呼吸、普段と違う声を出す、猫背が指摘されている。特に口から息を吸う口呼吸は、無意識にしていることも多いので要注意。渡邊センター長は、鼻呼吸を体に覚えさせる腹式呼吸レッスンをすすめる。
【腹式呼吸レッスンの方法】
1. 仰向けに寝て、腹の上にペットボトル(500ml)をのせ、ペットボトルが転がり落ちないよう、「鼻から」ゆっくりと息を吸う。ペットボトルが持ち上がり、腹がふくらんでいくのを感じながら行う。
2. 腹がへこんでいくのを意識しながら、ペットボトルを落とさないようゆっくり「口から」息を吐く。
ペットボトルをのせるのは、腹の動きを意識しやすくするため。この呼吸を10回くり返す。
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渡邊センター長は、声筋の衰えた人が増えて、誤嚥性肺炎や転倒事故が急増することを危惧する。しかし、声筋の衰えは、本書に掲載されている簡単なセルフケアで予防できる。自身の声が気になる方は、実践してみるとよいだろう。
【今日の健康に良い1冊】
『マスクをするなら「声筋」を鍛えなさい』
文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)に掲載している。