人口の3分の1が65歳以上の高齢者である現代社会において、介護問題は多くの人々にふりかかってくるものです。
しかし、知識を持たないまま介護を始めてしまうと、介護されるご本人も、その家族も苦しい生活を送ることになってしまうことも。そして、それは、介護される方のQuality of Life(生活の質)を下げてしまうことにもなります。
そこで、自身の親の介護を経験し、リハビリ専門デイサービスを経営する神戸利文さんと、理学療法士の上村理絵さんの共著『道路を渡れない老人たち』から、知っておきたい介護の基礎知識をご紹介します。
文 /神戸利文・上村理絵
相次いだ入所先でのトラブル
65歳以上の高齢者を同じく65歳以上の高齢者が介護している状態のことを「老老介護」といいます。これからさらに社会の高齢化が加速していく中で、さらに1つ「老」を加えた「老老老介護」の問題がより深刻になっていく可能性が高いです。
私が経営する、リハビリ専門デイサービス「リタポンテ」のご利用者さまにも、この問題を抱えている方がいらっしゃいます。渦中にいるのが、島野さん(70代女性・仮名)です。
島野さんの80代のご主人は、「進行性核上性麻痺」を患っています。進行性核上性麻痺とは、大脳基底核 、脳幹、小脳などの神経細胞が減って、転びやすい、下のほうを見るのが難しい、しゃべりにくい、飲み込みにくいといった症状が現れる、指定難病です。初期症状は認知症に似たところもあり、介護負担が増してきたので、島野さんはご主人を老健に入所させました。
老健(介護老人保険施設)は基本的には入所期間が3カ月と限られるため、島野さんのご主人は、リハビリをしながらいくつかの老健を転々とします。そうしたなか、ある老健から戻ってこられると、島野さんのご主人が骨折していたことがありました。また、別の老健では、せん妄のために、島野さんのご主人が施設のスタッフに暴力を振るうといったことも起きました。
さらに、大量の投薬の影響によって、夜間の失禁が続くようになったことで、島野さんは施設のことを、まったく信用できなくなり、このままでは危ないと自宅にご主人を引き取ることにします。島野さん自身も、介護認定の要支援を受け、私たちの施設でリハビリに努めておられました。そのような状況下で、「要介護5」に該当するご主人を自宅で介護しようと決心したのです。
今後さらに増える「老老老介護」への備えは十分ではない
島野さんのご主人は寝たきりではあるものの、一言、二言ぐらいは言葉が交わせました。意思の疎通は図れたのです。車いすに移る際にリフトが必要な、いわゆる「全介助」の状態ながら、薬の量や種類を調整すると夜間の失禁もいくらか減り、精神的にも随分と落ち着いてこられました。当初、島野さん自身や周囲の私たちが想像していたよりも、ご主人の介護の負担は軽くて済んだのです。
ところが、そうして島野さんがご主人の介護をする生活が2年も続いたころ、また新たな問題が発生します。今度は、離れた場所で暮らしていた92歳のお母さんの物忘れがひどくなってきたのです。そのまま1人にしておくわけにもいかず、島野さんはお母さんも都内に呼び寄せました。高齢者3人が同居する「老老老介護」生活が始まったのです。
島野さんのお母さんは、日常生活は一通りこなせます。ただ、話を覚えていなかったり、そのために島野さんとの約束を忘れたりすることがありました。ご主人と違い、お母さんのほうは身体には問題がなく自由に行動できるため、かえって島野さんは大きなストレスを感じるようになりました。そうはいっても、お母さんまで寝たきりになったら、大変です。島野さんは、お母さんと連れだって私たちの施設を訪れ、2人でリハビリに励んでいます。
島野さんのケースのような老老介護、あるいは「老老老介護」は、少子高齢化・晩婚化が進み、未婚率も上昇している現代の日本では、これからますます増えていくでしょう。
課題1
島野さんは、なぜご主人を自宅に引き取らなければならなかったのでしょうか。島野さんのご主人が老健で骨折し、何の報告もなく不審を感じて引き取らざるをえなかったことなどは、介護保険施設の現状を物語っています。そして、それは必ずしも個別の老健の問題とはいえず、介護職員への教育、地位や報酬、施設の人員配置の問題までをも含んだ介護制度の不備と運用が、その背景にはあるのです。
課題2
お母さんに認知症の初期症状が現れ始めたことで、島野さんはかなりのストレスを抱えていますが、そうした介護者の精神的負担を減らす体制は整えられているのでしょうか。
介護者の心のケアまで行き届く体制が整えられ、周知されていたら、島野さんはもっと心穏やかに過ごせているはずです。このような課題に対し、現在はケアマネジャーやそれぞれの利用しているサービスの担当者とで話し合い、サービス提供による介護ストレスの軽減を図り、3人の生活を支援しています。
6割ぐらいが老老介護といわれる中で、5年間で、50件ほどの殺人未遂を含めた事件が起きています。もちろん殺人事件のすべてが老老介護のせいだとはいいませんが、弱り切った身体での介護の精神的、肉体的なストレスはかなりのものがあります。追い詰められ、未来に希望が見い出せずに、「死」という極端な結論にたどり着いてしまうこともあるのではないでしょうか。
やはり、1人だと、そこでしんどくなってしまいます。だからこそ、適切な介護者に任せるということが大切であり、そのための体制を早急にとらなければならないのではないでしょうか。
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『道路を渡れない老人たち』 神戸利文・上村理絵著
アスコム
神戸利文(かんべ・としふみ)
合弁会社・株式会社保険市場の代表取締役を務めるなど、保険業界を中心に活躍をしていた中、自身の親の介護の実体験がきっかけとなり「理学療法士によるリバビリテーション」「日本で初めて介護保険分野で受けられるサービス」を世に誕生させた誠和医科学(現・ポシブル医科学株式会社)と出会う。生活期のリハビリの重要性を説く考えに共感し、その経営に参画した。同社を退任後、生活期のリハビリが不毛不足する東京関東圏に進出するため、リタポンテ株式会社を設立。リハビリ専門デイサービスリタポンテを新宿区で開業。「日本から寝たきりをなくすために、おせっかいを科学する」を合言葉に、リハビリを中心とした介護サービス事業を展開する。
上村理絵(かみむら・りえ)
理学療法士。リタポンテ 執行役員事業部長。1974年生まれ。中京女子大学(現・至学館大学)卒業後、関西女子医療技術専門学校理学療法学科(現・関西福祉科学大学)を経て、理学療法士として活動。塩中雅博氏のポシブル医科学株式会社の創業を支援。およそ10年間で、のべ16万人に生活期のリハビリを提供し、そのビジネスモデルの骨格を現場で作り上げてきた。同社退任後、神戸とともに、リタポンテ株式会社を立ち上げ、理学療法士の立場から、「高齢者に本当に大切なリハビリ」を提供している。