それと同じ理由で、自宅で家族や、親しい仲間とリラックスして味わえば、同じ蕎麦でも別物のように美味しさが増す。こういう効果が、取り寄せ蕎麦には、あるのだ。
だから、取り寄せ蕎麦を、美味しく食べるコツは、まず、本当に美味しい蕎麦店の蕎麦を取り寄せること。蕎麦は、店により、職人により、まさに千差万別。また時期によっても味が変わる。同じ店から取り寄せても、前回と今回では、味にバラつきがあることも少なくない。これは蕎麦職人の技術的な問題もあるが、同時に、原料のソバが季節により味が変化していくことも理由のひとつに挙げられる。さらに取り寄せたあと、自宅で生蕎麦を、どう扱ったかということも、味を左右する原因となる。
蕎麦は、とても繊細な食べ物だ。蕎麦職人によっては、蕎麦粉の極めて微妙な特性をコントロールするために、これから蕎麦を練る「こね鉢」の上で、最終的に篩(ふるい)を一振りして、調整する人さえいる。そういう蕎麦だからこそ、わざわざ遠隔地から取り寄せる意味もあるのだ。
そして最も注意しなければならないのが、蕎麦の茹で方だ。茹でるという作業は、蕎麦店の中でも、最も熟練した蕎麦職人が担当する重要な仕事。茹で方ひとつで、それまで多くの人々が注意に注意を重ねて作ってきた蕎麦を、生かしも殺しもすることになる。
自宅で茹でる際の最大の注意点は、とにかく「茹で過ぎないこと」。茹で過ぎたら蕎麦は、香りが抜け、味も薄くなり、みじめな食べ物になってしまう。生蕎麦が送られてきた箱に同封されている説明書を熟読し、実際に茹でる前に、リハーサルを行ってみるぐらいの慎重さで作業していただきたい。そうすれば、遠く離れた名店に足を運んで食べるより、さらに美味しい蕎麦を味わうことも、決して夢ではないはずだ。
文・写真/片山虎之介
世界初の蕎麦専門のWebマガジン『蕎麦Web』編集長。蕎麦好きのカメラマンであり、ライター。著書に『真打ち登場! 霧下蕎麦』『正統の蕎麦屋』『不老長寿の ダッタン蕎麦』(小学館)『ダッタン蕎麦百科』(柴田書店)などがある。