では、旨い蕎麦粉とは、どういうものをいうのか。
これが大変な問題で、このスペースでは、とても答えきれない。
しかし、ひとつ確実に言えることがある。
自然にすくすくと育った食材は本来、十分に美味しい味を備えているはずなのだ。それが不味くなってしまうのには、必ず理由がある。どうしたら蕎麦粉は不味くなってしまうのか。その理由を把握し、それとは逆のことを行えば、蕎麦は旨くなるに決まっているのだ。
魯山人は蕎麦つゆについても言及している。
昭和8年6月に開催された「日本風料理講習会」で、蕎麦つゆの醤油は、東京では濃口醤油を使うが、蕎麦には淡口醤油が良く調和するといっている。彼が気に入っていたのは、京都で300年近い歴史を重ねてきた老舗蕎麦店『河道屋』の、淡口醤油を使った蕎麦つゆだ。だから魯山人が主催した料理店『星岡茶寮』で供していた蕎麦つゆも、淡口醤油を使ったものだった。
魯山人は、『星岡茶寮』の会誌「星岡」に、鮎の季節になると「鮎の食ひ方」などと題した随筆を載せている。それに倣って「蕎麦の食ひ方」の極意を挙げてみよう。
まず、最も大切なことは、蕎麦粉を吟味し、味、香りをしっかり備えた極上の蕎麦粉を選ぶこと。さらに蕎麦つゆは、蕎麦の風味を邪魔しない淡口醤油を使って、塩梅よく作ること。
あとは料理人が、蕎麦粉と蕎麦つゆの味を、完璧に生かしきることができたなら、旨い蕎麦を味わうことができる。
これが、言うのは簡単だが、内包されている難題が多々あり、実践するのは極めて難しい「魯山人流・蕎麦の食ひ方」である。
文・写真/片山虎之介
世界初の蕎麦専門のWebマガジン『蕎麦Web』編集長。蕎麦好きのカメラマンであり、ライター。著書に『真打ち登場! 霧下蕎麦』『正統の蕎麦屋』『不老長寿の ダッタン蕎麦』(小学館)『ダッタン蕎麦百科』(柴田書店)などがある。