文・写真/鈴木隆祐
B級グルメは決してA級の下降線にはない。それはそれで独自の価値あるものだ。酸いも甘いも噛み分けたサライ世代にとって馴染み深い、タフにして美味な大衆の味を「実用グルメ」と再定義し、あらゆる方角から扱っていきたい。
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石神井公園周辺は古くからの住宅街。西武池袋線の急行も止まる駅だが、駅前をちょっと行くと、すっかり町に溶け込んだ老舗の旨い物屋チラホラあって、とても居心地がいい。
なかでも中華の『龍正軒』はかなり住宅街に入ったエリアにある。いつだったか免許の更新で、石神井警察署に行こうとしなければ気づかないままだったろう。せっかくだから昼食を取れそうな店を付近で探すと、同店が浮上した。
ご近所の方のブログを見ると、“警察御用達”などと書いてある。実際の免許更新は結局、車も止めやすい府中の試験場まで出向いたが、気になって後日訪ねてみて、いっぺんに了解した。本当に石神井署が目の前にある。いわゆる“太客”がいるのでやっていけるのだ。
壁一面のメニュー短冊を眺めて、また驚いた。焼魚やメンチカツなど和も洋も扱っている。警察の食堂代わりを果たしているのだから、メニューも多彩になるわけだ。
またもあれこれ目移りする。ことに滅多に他店にないメニューの「当店自慢ソース炒飯」は気になる。
そういう時は「とりあえずビール」だ。そして、条件反射の餃子も注文。でも、焼き上がるまで時間はかかるな…と思ったら、すかさず小皿もついてきた。これがマヨネーズで和えたベーコンやコーンなど具沢山のレタスサラダ。警官らの健康マネージメントも結果、仰せつかっている店なわけで、気働きが忠実やかだ。これがまたシャリシャリと歯触りもよく、しっかり目の味つけでビールが進む。
餃子も期待以上に肉々しい。こうなると、もう2品は頼んで〆へと向かいたい。仕事仲間を誘っておいてよかった!
中華屋に来た以上、1品は中華であるべきだ。となると、サバ味噌やチーズチキン、つまり和か洋かで迷う。中華屋でやはりチーズは珍しい。そこで頼んでみると、想像通りのルックスだ。しかし、さほど脂っこさはなく、下味がどうも唐揚げっぽい。なんだかそれが中華屋的だ。
次いで回鍋肉(ホイコーロ)を注文。これが絶品だった。人参もピーマンもキクラゲも入っていて、甜麺醤は控えめで、おろしニンニクが効いている。
さらにアクセントを加えるのが豚肉と一緒に入ったレバー。これが味に一気に複雑さを加えるのだ。さり気なくご亭主に尋ねると、この店の開業前はかなり大店の本格中華で修業もされたようだ。
ビールはかくして2本目を軽々クリアし、ホッピーに突入。だいぶ腹もくちくなってきたが、初志貫徹でソース炒飯も注文。
このメニュー、御徒町の「来集軒」という店の看板なのだが、そこよりソース味が感じられない。むろん関西のそばめしの濃厚さにはほど遠い。ほんのりとした甘みがナルトやハムなどの旨味を引き出して、あっさり優しくいただけた。
警察にそうしょっちゅう用はないし、あっては困るが、いずれ若い警官でごった返す昼時を狙って再訪してみよう。そんな“戦場”をどう捌くかも見てみたい。それだけ手際のよい、ホットな中華を食べさせる隠れた名店だ。
【今日の実用食堂】
『龍正軒』
■住所:住所:東京都練馬区石神井町7-9-7
■アクセス:西武池袋線石神井公園駅徒歩約10分
■営業時間:11:00~15:00 17:30~21:00
■定休日:不定休
http://www.nihonbungeisha.co.jp/books/pages/ISBN978-4-537-26157-8.html
文・写真/鈴木隆祐
1966年生まれ。著述家。教育・ビジネスをフィールドに『名門中学 最高の授業』『全国創業者列伝』ほか著書多数。食べ歩きはライフワークで、『東京B級グルメ放浪記』『愛しの街場中華』『東京実用食堂』などの著書がある。