文/印南敦史

『香りをかぐという最強の健康法』(財満信宏 著、アスコム)というタイトルを見て、「えっ?」と驚かれた方もいらっしゃるのではないだろうか。かくいう私もそのひとりなのだが、それは近畿大学教授である著者が論文で明らかにしたことなのだそうだ。
私たちは香りをかぐことで、さまざまな感情を抱く。おなかがすくこともあるだろうし、リラックスした気分になったり、懐かしい気持ちになったりすることもあるかもしれない。
それは、香りの中にある「香気成分」が、私たちの脳に作用して、
記憶や感情を呼び起こすから。
「香り」は目で見ることができませんが、
実際は、香気成分と呼ばれるとても小さな分子でできていて、
それらが脳に作用することによって、
私たちの心や身体に様々な影響を与えているのです。(本書「はじめに」より)
特筆すべきは、香気成分のなかには「心や身体のバランスを維持」する栄養素のような機能を持つものがあるらしいということ。つまり健康的な食事をとるのと同じように、「香り」を吸うことで命のバランスを整える栄養因子を取り入れられるかもしれないというのだ。
近年の研究で、血管に作用する香気成分があることが明らかになりました。
それが「β‐カリオフィレン」。
体内に取り入れることで、血管を元気にしてくれる効果があるのです。(本書「はじめに」より)
まだまだ新しい分野の発見であり、いまなお研究が続けられている過程だという。とはいえ最新の研究結果がベースになっているだけに、気にかけておく価値はありそうだ。
なかでも私が興味深く感じたのは、香りとストレスの関係性である。
いい香りをかぐと気持ちが安らぐのは、リラックスできる=ストレス解消に役立つということだ。そして、そこには自律神経が関係しているのだという。
自律神経とは、呼吸や心拍、消化、代謝、排泄といったさまざまな身体機能を自動で調整してくれる神経。気温に合わせて体温を調整したり、食事の際に胃腸に消化活動を促すなど、生命活動をサポートしながら体を最適な状態に保ってくれているわけである。
自律神経は、交感神経と副交感神経によって構成されている。活動しているときや緊張しているときは交感神経が、リラックスしているときは副交感神経が優位になっており、両者がバランスを保ちながら身体を機能させているのだ。
多くの場合、私たちがストレスを感じるときは交感神経が優位になっている。恐怖や不安、極度の緊張を感じると、自律神経をコントロールしている脳の「視床下部」からさまざまなホルモンが分泌され、交感神経が活発に働く。
もしものときに備えて、身体が臨戦体制を整えているわけだ。
しかしストレス状態が長く続くと、自律神経がうまく働かなくなって、体のあちこちに不調が出る。たとえば、めまい、不眠、食欲不振、胃痛、動悸、疲労感などの症状が現れやすくなるのである。
そうしたとき、香りが心強いアイテムになってくれます。
香りの中には副交感神経の働きを活発にするものがあり、それを取り入れることで、交感神経の過剰な稼動を抑えてくれる効果が期待できるのです。(本書38ページより)
よく知られているのが、ラベンダーに含まれる「酢酸リナリル」という香気成分。酢酸リナリルには交感神経の緊張を抑え、副交感神経を活性化させる作用があることが、多くの研究結果からわかっているのだという。
よい香りをかぐとリラックスできるのは、決して気のせいではなく、神経系のメカニズムによるものだということである。
先述のとおり、香りが人体に与える影響についての研究は、本格的に始まってからはまだ日が浅い。そのため、完全に立証されていないものもあるようだ。
とはいえラベンダーのように、少しずつその効果が科学的に立証されてきているものがあるのもまた事実。香りの情報が私たちの脳に直接届き、気分や感情になんらかの影響を及ぼすことは間違いないのだ。
しかも、たとえばラベンダーの香りをかいで心地よさを感じるとしたら、それは純粋に評価できることではないだろうか。
今後の研究結果に期待を寄せながら、いまは心地よい香りを存分に楽しむべきなのかもしれない。少なくともそうすれば、ポジティブな気分でいられる。それは間違いないのだから。

『香りをかぐという最強の健康法』
財満信宏 著
1650円
アスコム
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』(PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。











