文・写真/鈴木隆祐
B級グルメは決してA級の下降線にはない。それはそれで独自の価値あるものだ。酸いも甘いも噛み分けたサライ世代にとって馴染み深い、タフにして美味な大衆の味を「実用グルメ」と再定義し、あらゆる方角から扱っていきたい。
大学のある町は、学生の旺盛な食欲に支えられて、しぶとく生き残る個人経営の飲食店が多い。懐かしの街場中華や洋食屋の味を求めるのに、僕がまずお薦めしたいのがそうした学生街の散策だ。
その大学の出身者ならなおさら、新旧の変化に驚きつつも、変わらず健在な店の姿に励まされもしよう。そうでなくとも、若者たちに囲まれながら、大人の余裕でちょっと一杯というシチュエーションに、歳を取るのもまんざらでもない、と感じるはず。
さて、東京でも有数の繁華街を擁する池袋だが、西口を出て5分少々歩けば、立教大学のキャンパスに辿り着く。辺りは以前ほどでもないが、学生相手の店が建ち並んでいる。
正門並びのマンションの地下と1階に、飲食テナント「味の十番街」が入っている。店の多くは学生向けで、かつては行列で鳴らした大勝軒系のラーメン屋「麺屋ごとう」もこの1階にあった(現在は駒込に移転)。
この飲食店街にもっとも古くからある洋食屋が、その名も『セントポールの隣』という店である。
1956年に立教大学を卒業した水泳部OBの宮坂亨さんが、「後輩たちに安くて旨いものを食べさせたい」と始めた店で、店員も代々、立大生のアルバイトが務めてきた。
今でも客層の8割が学生といい、一見客には入りづらいかもしれないが、70年代そのままの雰囲気が漂う店内は「OBたちが立ち寄ったときに懐かしんでもらえるよう」当時のままという。
料理は、実に確かだ。軽く一杯ということで、まずは瓶ビールにチーズパン&トマトを頼むと、軽くトーストしたバケットに乗ったとろけるチーズの口当たりと、トマトの酸味がアペタイザーにはほどよい感じだ。
次いでシュラスコ風チキンソテーをオーダー。提供まで少々時間がかかったが、そのぶん丁寧に焼き上がっており、とても芳ばしい。
野菜もふんだんに添えられ、そのドレッシングと肉汁を絡めて食すといっそう複雑な味わいとなり、ビールも一気に干してしまった。
しかしこの店の名物は、なんといっても「白いカツ丼」だ。鶏胸肉を使用したあっさりしたカツにきめ細やかな山芋とろろがふんだんにかけられ、海苔に胡麻と青ねぎが散らしてある。脇にはキムチと温玉。これをやや甘めの出汁醤油をさっとかけてかっ込むのだが、初めて口にした際には「名物に旨い物なしとは嘘である!」と快哉を叫んだものだ。
まず鶏が名の通り、白くサクサクに揚がっている。しかも、どう仕込みをしたのか、実に柔らかくてジューシーだ。ふわっとまとわりつくとろろの食感が実に優しい。醤油だれの調合も見事で、温玉をいつ崩そうかと思いながら、半分食べ進んでしまう。というのも、キムチとの相性もバッチリだから。
白のグラスワインとともに食したが、これなら赤も合いそう。周りを見れば、隣席の女子学生二人も揃ってこれを食べている。確かに女子好みの洒落た丼メニューだが、バイト君に尋ねると、「男子学生にも人気で、体育会でも大盛りにして食べてます」とのこと。
とにかく立教のスクールカラーが実によく出た店だ。ガッツリにも対応しつつ、味の追求も怠らない。ここまで来る間にも「洋包丁」、「キッチンABC」、「ランチハウス ミトヤ」と、池袋は学生向けのリーズナブルな洋食屋で賑わう町だが、ほとんどが男子で占められている。
この他、立教大学周辺には、他にも紹介したい日常使いできる味の店がわんさかある。つくづく立大生は恵まれていると思ったが、考えてみれば、立教学院がこの一角の気風を築いたわけだ。そして、その空気に接することもまた、“学生街を味わう” 楽しみのうちなのだ。
【セントポールの隣】
■住所:東京都豊島区西池袋3-33-17 東武サンライズマンション 味の十番街
■アクセス:JR・私鉄・東京メトロ各線「池袋」駅から徒歩約3分
■営業時間:11:00~22:30(L.O) 、日・祝は11:00~17:00
■休業日:不定休
文・写真/鈴木隆祐
1966年生まれ。著述家。教育・ビジネスをフィールドに『名門中学 最高の授業』『全国創業者列伝』ほか著書多数。食べ歩きはライフワークで、『東京B級グルメ放浪記』『愛しの街場中華』『東京実用食堂』などの著書がある。
http://www.nihonbungeisha.co.jp/books/pages/ISBN978-4-537-26157-8.html