
日本酒は、実に幅広い温度帯で楽しめる世界でも類を見ない特別なお酒です。ただ冷やして飲む、温めて飲むだけではなく、それぞれの温度には細かな呼び名があり、銘柄によって最適な温度も異なります。温度によって香りや味わいが大きく変化する日本酒の奥深さを知ることで、あなたの日本酒ライフはより豊かなものになるでしょう。
今回は日本酒と温度の関係について、保存方法も含めてご紹介します。
文/山内祐治
目次
日本酒の温度帯。適温を知れば味わいが変わる
日本酒の温度の呼び方。「冷や」と「冷酒」の違いを知る
日本酒の温度について、歴史に学ぶ季節の楽しみ方
日本酒の保存温度。おいしさを保つ秘訣
日本酒の保存とワインセラー。相性と注意点
まとめ
日本酒の温度帯。適温を知れば味わいが変わる
日本酒は、0度前後の極めて冷たい状態から60度前後の熱燗まで、約60度の温度差を楽しめるという点で、世界のアルコール飲料の中でも稀に見る幅広い温度帯で楽しめるお酒です。
冷たい温度帯のお酒にも細かな区分があります。5度くらいの「雪冷え」、10度くらいの「花冷え」、15度くらいまでの「涼冷え」といった呼び名が存在します。
銘柄によって適した温度帯も異なります。例えば「獺祭」や「出羽桜」のような華やかでフルーティーな香りが特徴のお酒は、10度を超えたあたりが香りを引き立たせるのでおすすめです。洋梨やリンゴを思わせるような香りが豊かに広がります。
一方、「黒龍」のようなメロン系の爽やかな香りが特徴のお酒は、10度以下の低い温度ぐらいからでも十分に楽しむことができます。
お酒の香りを確認して、「このお酒はこの温度で飲もうかな」と意識して飲み分けてみると、日本酒の楽しみ方がぐっと広がります。最適な温度で飲むことで、お料理との相性も良くなり、お酒本来の持ち味がしっかりと引き立つのです。
試してみたい方は、冷蔵庫から出して少し時間を置くことで、温度を上げていくという方法もあります。また、ボトルから徳利やデキャンター、片口などに移すことでも温度を少し上昇させることができます。少量の器ほど温度上昇が速いので、狙う温度の1〜2℃手前で注ぐと合わせやすいでしょう。
日本酒の温度の呼び方。「冷や」と「冷酒」の違いを知る
日本酒の温度に関する呼び名は多彩ですが、特に「冷や(ひや)」と「冷酒」という言葉は混同されがちです。実はこの二つは異なる温度を指しているのです。
「冷や」は基本的に常温(室温)のお酒を指します。江戸時代には冷蔵庫がなかったため、氷や井戸水で冷やす以外は常温でした。「冷や」という言葉は、本来「お燗」に対する言葉だったのです。
一方、「冷酒」は冷蔵庫で冷やした低温のお酒を指します。これは冷蔵庫が普及してから生まれた比較的新しい概念です。米の精米技術が向上して香り高いお酒が造られるようになったり、生酒などの流通からさらに広まった飲み方と言えます。
居酒屋などでお酒を注文する際には、「冷や」と「冷酒」の区別をはっきりさせておくと混乱を避けられます。単に「冷たいお酒で」と言うのが最も無難ですが、もし「冷や」という言葉を使うなら、それが常温のお酒を指すことを理解しておきましょう。
日本酒の温度について、歴史に学ぶ季節の楽しみ方
日本酒を温度にこだわって楽しむ文化は古くからありました。実は江戸時代以前には、季節によって飲み方を分けていたのです。9月9日の重陽の節句から3月3日の桃の節句(雛祭り)の前日までが「お燗」で飲む期間とされていました。重陽の節句には、菊酒を飲む風習もありました。
「衣替え」という言葉が示すように、日本人は季節の変化に対して非常に敏感でした。お酒の飲み方も季節に合わせて変えていたのです。江戸時代になると、お燗に適した味わいのお酒が増え、年間を通じて容器に移して温めたお酒を飲むようになりました。このお燗文化から、徳利やおちょこ、ちろりといった道具も生まれていったのです。
現代では季節に関わらず、好みの温度でお酒を楽しめるようになっています。冷蔵庫からちょうど出したての5度前後の「雪冷え」から、人肌程度の「ひとはだ燗」(30度前後)、そして「熱燗」(50度前後)まで、同じお酒でも温度によって全く違った表情を見せてくれます。
特定名称や特別な造りによっても、温度に対する反応も異なります。例えば大枠として吟醸酒、大吟醸酒は冷やして飲むことで繊細な香りを楽しめますが、生酛、山廃、落ち着きを持った純米酒などはお燗にすることで旨味や甘みが引き立つ傾向があります。

日本酒の保存温度。おいしさを保つ秘訣
日本酒の保存には温度管理が重要です。必ずしも全ての日本酒を冷蔵庫に入れる必要はありませんが、特に生酒や吟醸香のある日本酒は冷蔵保存が基本です。
基本的なルールとして、購入時に冷やしていたお酒は冷蔵保存、常温で販売されていたものは常温保存でも問題ないでしょう。ただし、開栓後のお酒は温度変化や酸化を防ぐため、冷蔵庫で保管するのが望ましいです。
理想的には0度前後の低温で保管することで、香りの変化を最小限に抑え、フレッシュさを保つことができます。日本酒は必ずしもその日のうちに飲み切る必要はなく、適切に保存すれば香りの華やかなお酒でも2週間程度は十分に楽しめます。
冷蔵庫で保存する場合は、よく開ける扉の部分ではなく、開け閉めの影響の少ない上段の棚がおすすめです。また、可能であれば専用の日本酒セラーを用意すると、より理想的な保存環境を整えることができます。低温環境で保存することで、開栓時と同じような香りと味わいを長く楽しむことができるでしょう。
また保存する際は、ボトルを立てて保管することをおすすめします。これは空気に触れる表面積を最小限にするためです。横にして保管するとキャップにお酒が触れたり、空気に触れる面積が増えて酸化が進みやすくなります。フレッシュな状態を保ちたいなら、低温で、瓶を立てて保存するのが最適です。
日本酒の保存とワインセラー。相性と注意点
ワインセラーを日本酒の保存に使いたいと考える方も多いでしょう。しかし、ワインセラーは日本酒の保存に最適とは限りません。両者の最適保存温度は異なるからです。
特に赤ワイン用のセラーは温度設定が15℃前後と比較的高めであることが多く、冷蔵保存が推奨される日本酒には適さない場合があります。常温で販売されているような二度の火入れを経た香りの穏やかなお酒などであれば赤ワインセラーでの保管も問題ありませんが、元々低温で保管されていた吟醸香の出ている日本酒の場合は、温度の低い通常の冷蔵庫の方が適しています。
ただし、意図的に日本酒に変化を与えたい場合は、あえてワインセラーを使うという選択肢もあります。特に吟醸香が強くない二度火入れの日本酒は、少し高めの温度で保存することで味わいに面白い変化が生まれることもあります。
日本酒に対する理解や経験が深まってきたら、ワインセラーを活用した熟成を意識した温度管理も楽しみの一つになるでしょう。ただし、初心者のうちは基本に忠実に、低温で振動の少ない環境での保存を心がけるのが無難です。
日本酒はワインと異なり、酸化に対してはそれほど敏感ではありませんが、温度変化や振動には気を配る必要があります。
まとめ
日本酒と温度の関係を知ることで、同じお酒でも違った表情を楽しむことができます。また適切な保存方法を知れば、お気に入りの日本酒をより長く美味しく楽しむことができるでしょう。温度という観点から日本酒を見つめ直してみると、新たな発見があるはずです。また、冷たく飲むべきと思ったお酒でも、温度を上げてみると面白い発見に出合えることも。ぜひご自宅でも様々な温度で日本酒を楽しんでみてください。

山内祐治(やまうち・ゆうじ)/「湯島天神下 すし初」四代目。講師、テイスター。第1回 日本ソムリエ協会SAKE DIPLOMAコンクール優勝。同協会機関誌『Sommelier』にて日本酒記事を執筆。ソムリエ、チーズの資格も持ち、大手ワインスクールにて、日本酒の授業を行なっている。また、新潟大学大学院にて日本酒学の修士論文を執筆。研究対象は日本酒ペアリング。一貫ごとに解説が入る講義のような店舗での体験が好評を博しており、味わいの背景から蔵元のストーリーまでを交えた丁寧なペアリングを継続している。多岐にわたる食材に対して重なりあう日本酒を提案し、「寿司店というより日本酒ペアリングの店」と評されることも。
構成/土田貴史
