生産者から料理人まで飲食業界に大きな影響をもたらした漫画『美味しんぼ』。連載開始から今年で40年。原作の雁屋哲さんが厳選した、『サライ』10月号の別冊付録の作品に登場する京都の店を案内する。
稀代の料理人が生んだ名店の日本料理を祇園で味わう
HANA吉兆|東山区大和町
京都屈指の景勝地、嵐山に本店を構える『京都吉兆』。 『美味しんぼ』第107集では、現在、会長を務める2代目・徳岡孝二さん(86歳)が、嵐山本店の厨房にて大胆かつ繊細に素晴らしい料理をつくりあげる様子を描いた。ここでは、祇園にある系列店『HANA吉兆』を紹介する。
南座に隣接する『HANA吉兆』は、平成3年に徳岡孝二さんが興した(当時の店名は『花吉兆』)。当初は南座の幕間に出す料理なども供し、街に根差す日本料理店として親しまれていた。現在は本店同様、茶懐石を反映した四季折々の風雅な日本料理で客をもてなす。
料理はいずれも美麗だが、なかでも八寸は見事だ。料理長の中井甚恭さん(39歳)は、料理に添える花を生けながらこう語る。
「嵐山の本店とは違い、街場にある当店には庭がありません。ですから海と山の幸を盛り合わせる八寸では、季節の草花をあしらうなど、嵐山の景色を連想していただけるよう工夫しています」
コースの献立はおよそひと月ごとに変わるが、秋によく登場するのは「冬瓜けんちん」。半分に割った冬瓜の中央をくりぬいて器にし、豆腐やきくらげ入りのけんちん汁を流し込んだ一品だ。その豪快さ、器にした冬瓜の縁をスプーンで削り取りながら汁とともに味わう食し方にも趣がある。「すき鍋」も独特だ。昆布出汁を合わせた割下に、客自身で牛肉をくぐらせ、卵黄につけて食すのだが、これがただの卵ではない。上質な山芋を混ぜた“玉子芋”ダレ。とろとろと濃厚なタレが牛肉にたっぷり絡む。牛肉も上質で、年間に80頭しか市場に出回らないという長野県産村沢牛のサーロイン。そのきめ細かな肉質を存分に楽しめる。
客を思い、工夫を凝らす
店内1階の壁には、開店当初の店名である『花吉兆』の扁額が掛かっている。『吉兆』の創始者で日本料理界初の文化功労者となった湯木貞一(1901~97)の書によるものだ。先代の徳岡孝二さん、現当主である3代目の徳岡邦夫さん(63歳)、そして「吉兆」の厨房で働く料理人たちにも湯木の精神は脈々と受け継がれている。
『HANA吉兆』料理長の中井さんも次のように語る。
「初代の残された〈工夫して心砕くる思いには 花鳥風月 みな料理なり〉という言葉が好きです。お客様を思い、心を込めて工夫を凝らすことの大切さが滲むこの言葉を胸に、日々精進しています」
HANA吉兆
京都市東山区大和町3-2
電話:075・531・1500
営業時間:11時30分~13時、17時30分~19時(ともに最終注文)
定休日:水曜 64席、要予約。コース1万8975円~。
交通:京阪電車祇園四条駅より徒歩約2分、阪急電鉄京都河原町駅より徒歩約5分。
雁屋哲さんの推薦状
徳岡孝二さんは私が心から敬愛する料理人である。『京都吉兆 嵐山本店』を今のような唯一無二の料亭に育て上げたのは徳岡孝二さんの力だろう。料理は剛胆にして繊細。その真髄は『HANA吉兆』の料理人に受け継がれている。
※吉兆の「吉」は正しくは土かんむり。
漫画『美味しんぼ』とは
東西新聞社の記者である山岡士郎と栗田ゆう子が取り組む「究極のメニュー」と、山岡の父であり陶芸家の美食家、海原雄山が考案する「至高のメニュー」の対決が繰り広げられる食漫画。食材から調理法まで最高品質を追求する一方、山岡らが食を通して周囲の人々の悩みを解決してゆく人情物語でもある。
※この記事は『サライ』本誌2023年10月号より転載しました。取材・文/安井洋子 撮影/奥田高文