生産者から料理人まで飲食業界に大きな影響をもたらした漫画『美味しんぼ』。連載開始から今年で40年。原作の雁屋哲さんが厳選した、『サライ』10月号の別冊付録の作品に登場する京都の店を案内する。
花脊の自然を味わう生命力みなぎる摘草料理
美山荘|左京区花脊
京都の中心部から車で1時間30分ほど。山深い花脊という小さな集落に、『美山荘』はひっそりと佇んでいる。本山修験宗の寺院である大悲山峰定寺の宿坊として明治28年に始まり、のちに料理旅館となった。現在は、昼食のみの利用もでき、遠方からも客足が絶えない。
『美味しんぼ』第107集の作中で主人公の山岡は、〈この「美山荘」の最大の御馳走はこの環境なんですよ〉と語っている。環境とはすなわち、野、山、川の食材がすぐ近くで採れる場所であること。漫画に描かれているように、摘みたての野草などをふんだんに取り入れた「摘草(つみくさ)料理」が『美山荘』の根本である。
漫画にも登場した4代目の中東久人さん(54歳)は、自身の料理観をこう話す。
「春はタラの芽や蕗、夏は鮎、秋にはきのこや穀類など、花脊の山の中には季節ごとに何かしらの旬が必ずある。生命力溢れる素材を生かして、ただ美味しいだけではない、この花脊という土地をきちっと感じられる料理をつくらねばと常に意識しています」
花脊の景色もご馳走
野山で摘んだ野草を始め、揃った地場の食材をもとに、中東さんはその日ごとに献立を考える。ある日の秋の八寸(下画像)には、むかごの塩蒸しや焼き栗といった素朴なものから、栃餅こんにゃくや赤万願寺のすっぽん煮こごり射込みという手の込んだものまで、雅やかに盛りつけた。
食事の締めくくりは、身のかたくなった落ち鮎の雄を熟れ鮨にし、茶粥に仕立てた一品。洗練さと山里の野趣とを兼ね備えた美味尽くしだが、味付けは強い。中東さんが話す。
「素材そのものの味が濃いからということもありますが、やはりこの地の環境に合わせているからでしょう。深い山の中で豊かな自然を見ながら食事をする場合、一般的な京料理のような薄味ではたぶん料理が負けてしまいます。山里で料理しているからには、おのずと自然に相対したはっきりとした味付けになるものです」
山里の生命を知り尽くした中東さんならではの料理。花脊の美しい景色ごと味わい尽くしたい。
美山荘
京都市左京区花脊原地町375
電話:075・746・0231
営業時間:12時~12時30分(最終入店)
定休日:不定(9月28日まで休業)個室4、要予約。コース2万2770円~。
交通:市営地下鉄北大路駅または京阪電車出町柳駅より京都バスで約1時間40分、大悲山口バス停下車(昼食時間に間に合うバスは土曜、日曜、祝日のみ運行。大悲山口まで送迎あり)
雁屋哲さんの推薦状
日本料理の真髄は素材の価値を引き出すところにある。『美山荘』は花脊の美しい自然の中にある。『美山荘』の料理は花脊の自然の恩寵を皿の上に美しく盛ったものである。花脊の自然が心の奥底に入って来る。
漫画『美味しんぼ』とは
東西新聞社の記者である山岡士郎と栗田ゆう子が取り組む「究極のメニュー」と、山岡の父であり陶芸家の美食家、海原雄山が考案する「至高のメニュー」の対決が繰り広げられる食漫画。食材から調理法まで最高品質を追求する一方、山岡らが食を通して周囲の人々の悩みを解決してゆく人情物語でもある。
※この記事は『サライ』本誌2023年10月号より転載しました。取材・文/安井洋子 撮影/福森クニヒロ