加賀藩の時代から続いてきた伝統文化や食文化など、魅力あふれる古都・金沢。そんな金沢の文化が感じられる素敵な古民家カフェを、全国2000軒以上のカフェや喫茶店を訪れてきた、喫茶写真家・川口葉子さんの著書『金沢 古民家カフェ日和 城下町の面影をたどる39軒』から、ご紹介します。美しい写真とともに古民家カフェの旅をお楽しみください。
文・写真/川口葉子
漆芸作家の作品づくりの様子が見られるカフェ
加賀市は九谷焼と山中漆器というふたつの伝統工芸が豊かに花開いた土地。その花から種を継承し、新しい花を咲かせようとする若い職人たちも少しずつ育っている。
築80年の魚市場をリノベーションした「FUZON KAGA Cafe and Studio」は、カフェの一角に山中漆器の木地師(きじし)の工房を併設している。40年ほど前に魚市場が別の場所へ移転した後の建物には、表具店が入居し、柱も壁もない広々とした空間を活用していたそうだ。
「昔、この界隈には魚市場や塩屋が並んでいて、町全体が市場のようだったと聞いています」という店主の山根大徳さんの言葉にもう一度地図を眺めると、なるほど、この町の名前は大聖寺魚町というのだった。
山根さんはアートディレクター。拠点となる場所をつくるために2011年、大聖寺に築140年の町家を改修したギャラリー&バーを開き、2017年に同じ大聖寺エリアの魚町にこのカフェ&スタジオを開いた。
妻の田中瑛子さんは、国内外から注目を集める気鋭の漆芸作家。削り出された白木のうつわが並んでいるガラス張りの一角は、田中さんの工房なのだ。
漆器づくりは伝統的に細かな分業制でおこなわれてきたが、田中さんは木材を挽いてうつわのかたちをつくる木地師の仕事から、器の表面に何十回も漆(うるし)を塗り重ねて仕上げる塗師(ぬし)の仕事まで、すべてを一人で手が
ける稀有(けう)な存在だ。
「従来の職人たちは見えない場所で黙々と作業をしてきましたが、ここではコーヒーを飲みながら間近でご覧いただけます。若い人にも漆器に興味を持っていただくきっかけになれば」と、田中さんは語る。
2階の会員制バーでその作品を見せていただいて息を呑んだ。
細いスポットライトに浮かび上がる漆のワイングラスは、漆黒の闇と熾火(おきび・火をつけた薪や炭の炎が収まり、芯が真っ赤に燃えている状態)を呑み込んだ薔薇を思わせた。漆を塗っては薄く削り、塗っては削りを何度となく繰り返していくうちに木の肌に表れる杢(もく)の、月光を浮かべて渦巻く波のような模様。そして限りなく優美な曲線を描く飲み口の、なんという繊細な薄さ。頭の中のイメージと、それを具現化できる高度な技術の結晶だ。
「田中の最初の個展の舞台はニューヨークでした」と山根さん。
「ニューヨークは目的をもっていくべき街です。当時、田中はオーソドックスなお椀をつくっていて、個展を見にきた人に『あなたが表現したいものは何?』と問われていた。それをきっかけに作品を見つめなおし、2年目の個展は違う作風で挑戦した。そうして4年にわたってニューヨーカーの目に鍛えられていった部分は大きいと思います」
アートピースとして飾りたいような田中さんの作品には、伝統技術と現代の美意識が輝いている。
「このカフェを起点にして加賀市の魅力を知ってもらえたら嬉しい」
おすすめの散策スポットもここで気軽に訊ねるといいと思う。ちなみに私はカフェから徒歩7、8分の場所にある石川県立九谷焼美術館で充実した時間を過ごし、九谷焼を眺める目の解像度が100倍になった。
カフェ情報
FUZON KAGA Cafe and Studio(ふぞん かが かふぇ あんど すたじお)
住所:石川県加賀市大聖寺魚町21
TEL:0761-75-7340
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『金沢 古民家カフェ日和 城下町の面影をたどる39軒』(川口葉子 著)
世界文化社
川口葉子(かわぐち・ようこ)
ライター、喫茶写真家。全国2000軒以上のカフェや喫茶店を訪れてきた経験をもとに、多様なメディアでその魅力を発信し続けている。著書に『東京 古民家カフェ日和』『京都 古民家カフェ日和』(ともに世界文化社)、『喫茶人かく語りき』(実業之日本社)、『名古屋カフェ散歩』(祥伝社)他多数。