加賀藩の時代から続いてきた伝統文化や食文化など、魅力あふれる古都・金沢。そんな金沢の文化が感じられる素敵な古民家カフェを、全国2000軒以上のカフェや喫茶店を訪れてきた、喫茶写真家・川口葉子さんの著書『金沢 古民家カフェ日和 城下町の面影をたどる39軒』からご紹介します。美しい写真とともに古民家カフェの旅をお楽しみください。
文・写真/川口葉子
お茶の愉しみを見つめ直し、未来へとつなぐ心あるカフェ
「金沢は○○のまち」というテンプレートに、あなたならどんな言葉をあてはめるだろうか。長く金沢市長を務めた山出保氏は、著書『金沢を歩く』(岩波新書)の中で、金沢ゆかりの偉大な哲学者、西田幾多郎のこんな言葉を引いている。
「金沢はサンジャのまち」
三者とは医者、芸者、哲学者のことだとして、西田は「三者のどれもが多くいるまちは、おそらく世界で金沢だけでしょう」と愉快そうに笑った、とある。たしかに、西田幾多郎と鈴木大拙(だいせつ)が金沢の旧制第四高等学校の同級生だったなんて、宇宙の冗談のような偶然である。
江戸時代の町割りが残るひがし茶屋街の情趣溢れる佇まいは、2001年に国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されたのをきっかけに、急速に観光地へと整備されたものだ。戦前に比べれば芸妓さんは激減したそうだが、現在も何軒かのお茶屋が営業を続けており、旦那衆の夜の社交場となっている。
「一笑」はひがし茶屋街がまだひっそりと静まり返っていた1994年に、丸八製茶場が茶房として開いたお店。しっとりした風情漂う外観は、築160年の茶屋建築をそのままに残す木虫籠(きむすこ)と呼ばれる窓の出格子が特徴的だ。虫かごに似ていることから名がついた細い格子が、外からのぞき込もうとする視線を巧みに遮って内部を守る。お茶屋はいわば、中が見えない虫かごなのだ。おかげで私は一笑に気がつかずに素通りしてしまった。
霧雨の午後、引き戸を開けると優しい光に包まれた。薄蜜柑色の照明が人を照らし、格子ごしに入る青白い外光がギャラリースペースの作品を照らしている。内側からは外の石畳の往来が驚くほどよく見える。
スタッフが折り目正しい物腰で私の前に3客の白い蓋碗を並べた。
「当店はほうじ茶の専門店で、本日はこちらの3種類のほうじ茶をご用意しております」
3つの香りを実際に比べられるのは嬉しい。ひとつは丸八製茶場を一躍有名にした「献上加賀棒茶」。それから深炒りの「BOTTO ! 」と、季節のほうじ茶。ほうじ茶でも春夏秋冬を感じられるのだろうか? 新鮮な心地がして、季節のほうじ茶とお菓子を注文してみた。
時間をかけて丁寧に淹れたお茶が金沢ゆかりの作家のうつわに注がれる。うつわはお客さまの雰囲気に合わせて選ぶそうだ。「パイナップルのような華やかな香り」というスタッフの言葉と、鼻に抜ける香りを照らし合わせて楽しんでいるうちに、疲れがゆるゆるとほどけていく。
「古い建物とお掃除は切っても切れない関係。すき間も多いので毎朝時間をかけて清掃しています。茶屋街の他のお店もみな、外観を美しく保つために努力していますよ」
そんな話をしてくれたスタッフに表の看板のことを訊ねたら、あえて小さくしたのだという。以前はわかりやすい暖簾を掲げていたものの、北陸新幹線開通後は店内が混み合うことが多くなり、お茶やスタッフとの会話を楽しんでゆったり過ごしてほしいという願いを込めて2018年にリニューアル。2階は地元の人も日常的に利用しやすいようにとコワーキングスペースに変えている。
「観光地での出店ではあっても、地域の方々にどういう役割を果たせるかを考え続けたいと思います」
足もとの伝統文化とお茶の愉しみを見つめ直し、未来につなげていこうとする心意気に敬意を表したい。開店当初から30年近く通い続けるお客さまがたにも、きっとその心意気が伝わっているのだろう。
カフェ情報
一笑(いっしょう)
住所:石川県金沢市東山1-26-13
TEL:076-251-0108
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『金沢 古民家カフェ日和 城下町の面影をたどる39軒』(川口葉子 著)
世界文化社
川口葉子(かわぐち・ようこ)
ライター、喫茶写真家。全国2000軒以上のカフェや喫茶店を訪れてきた経験をもとに、多様なメディアでその魅力を発信し続けている。著書に『東京 古民家カフェ日和』『京都 古民家カフェ日和』(ともに世界文化社)、『喫茶人かく語りき』(実業之日本社)、『名古屋カフェ散歩』(祥伝社)他多数。