供し方はいろいろあれど、各店とも出汁と麺の作り方に共通する部分は少なくない。みやこ人に愛される「おうどん作り」の極意とは。
旨味を存分に味わうための創意工夫の数々
料亭でひくような奢った出汁をとり、ふんわりとやわらかな麺にその味を存分に含ませて食べるのが、「京のおうどん」の基本形。1杯1000円前後のうどんは、決して利幅の大きな商品ではないが、店主たちは思いを込めて丹念に出汁を作る。
今回、紹介している店のすべてが、「出汁の旨さ」を自店の特徴の第一に挙げた。利尻や礼文、羅臼など最上級といわれる北海道産の昆布を用いることや、鰹などの節も、独自の配合で混ぜ合わせている。昆布の出汁に鰹節を入れる頃合いや、煮込む時間も、気温や具材の状態によって日々変えている。
信頼できるのは己の舌のみ。味を見ながら材料や調味を調整
たとえば、祇園の老舗『権兵衛』の出汁作りは、前日から特大の釜に水を溜めて昆布をひたし、翌日は早朝から火を入れる。高知産の鰹節をそこに加え、丁寧に灰汁を取りながらじっくりと旨味を引き出す。その後、ウルメやソウダ、サバなどを混ぜた雑節を加え、また丁寧に灰汁を取る。最後にこれを布巾で濾し、ザラメ糖、薄口醤油、塩などで味を調える。
注文の後にもひと手間
「毎日この作業を繰り返しているのに、全く同じ出汁にはなりません。天気や湿度の違いで、香りの立ち方、コクの出方が変わるのです」と店主の味舌(ました)輝明さんは言う。信頼できるのは己の舌のみ。味を見ながら材料や
調味を調整するそうだ。
注文が入ると、この自慢の出汁に揚げや肉、卵、葱など、各メニューに応じたさまざまな具材を加え、旨味をさらに膨らませてから提供する。ほとんどの店が同様に手間暇をかけて出汁を作り、最後に具材と合わせてひと手間加えた上で、ひとつのメニューを完成させている。ふんわりとやわらかな麺を使う理由は、出汁をよく吸い、独特の調和を楽しませるためでもある。
単にやわらかいだけではない。細い芯の残し方にも熟練の技
出汁だけでなく、独特のやわらかな麺も「京のおうどん」の大きな特徴だ。京都では蕎麦よりもうどんを好んで食べる人が多いが、総本家の創業から400年を経た『晦庵(みそかあん) 河道屋』の店主・植田健さんは「江戸期以降、京都に麺処が増えましたが、当時は蕎麦より小麦のほうが高く、うどんは高価なものだった。しかし、食べ応えがあったので、こぞってうどんを注文したのでしょう」と話す。
国産や減農薬栽培の高価な小麦粉を使うから、素材は申し分ない。その日に打ったばかりの麺を、でき加減を見極め茹で上げる。重要なのは、真ん中に通る芯だ。まわりはゆだって透明になるが、細く芯が残る頃合いで引き上げて、冷水で締める。単にやわらかいだけの麺ではなく、素材や茹で方にも美味しさの秘密が隠されているのだ。
取材・文/中井シノブ 撮影/高嶋克郎、竹中稔彦
※この記事は『サライ』2022年3月号別冊付録より転載しました。