おしゃべりする、ぼーっとする、読む、学ぶ、考える、俗世間の塵を払う──そこは人間にとって大切なものに満ちた場所。喫茶店でしか出会えない“普段着の京都”をご案内します。

往年のパリの空気に満ちた“京都のカルチエ・ラタン”

創業者が留学時に目にしたヨーロッパ中世の様式を取り入れた建物。風格ある重厚な煉瓦造りの建築は、界隈の人々の度肝を抜いた。

創業から91年を経た今も風格を失わない『進々堂 京大北門前』。創業者・続木斉が思い描いたのは、パン作りを学ぶために留学したパリの文教地区“カルチエ・ラタン”で目にしたカフェの光景だった。

精神を遊ばせる社交の場

続木は、パリの学生がコーヒー片手に議論を交わす姿に触れ、「西洋のエスプリ(※(esprit):精神、知性、才気、機知。)を学び、日本の学生にも世界で活躍してほしい」と願った。

その思いを受け継ぐ空間は、京大生の日々の学びや社交の場として時を重ねてきた。大勢の学生が一斉に座れるようにと木工家・黒田辰秋に依頼した一枚板の大机と長椅子は、200年はもつといわれる重厚な作り。はるか先を見据えた店作りには、自ら海を渡った創業者の強い意志が息づいている。

かつてはミルク入りで提供するのが基本だったコーヒー。ブラックでもさらりと飲みやすい味わい。
本棚の上には英国の詩人ワーズワースの「Rainbow」を刻んだ木製レリーフ。人間の持つ情熱の大切さを詠った詩は、店に集う学生へのメッセージでもある。

パンとコーヒーが運んだフランスのカフェの香り

大正2年、まだパンが珍しかった時代にパン屋として始まり、京都で初めてフランスパンを提供。昭和5年に本格的フランス風カフェを開店。伝統的なフランスパンや同じ生地を柔らかく焼き上げたフレンチロールなど創業時の味わいを今も伝える。

柔らかな酸味でさらりと飲みやすいコーヒーはブレンド一本。シンプルなパンとコーヒーの組み合わせは、いち早く西洋の味を伝えた『進々堂』の原点である。

シンプルな組み合わせが人気の「バタートーストとコーヒーのセット」600円。ほかにハムトーストのセット(800円)もあり。

知を愛する人々の拠り所

学生運動の動乱時には京大生がバリケードを作って守ったという憩いの場は、今や京都で現役最古の喫茶店となった。昔を知る客が訪れ、時に思わぬ思い出話を聞くこともあるという。

おおらかな静けさが漂う店内には、温かいコーヒーと焼きたてのパンを傍らに本に目を落とす老若男女の姿があり、思い思いに集う学生や教員が語らう穏やかなざわめきが心地よい。

「時代や街が変わっても店の空気感はそのまま。変わらず続けられるのは創業時の理念があるから」と4代目の川口聡さん(59歳)。
コロナ禍で学ぶ機会が減った学生のため、時間によって自習席を設けるなど、今も変わらず学生たちの拠り所であり続ける。

進々堂 京大北門前
京都市左京区北白川追分町88
電話:075・701・4121
営業時間:10時〜18時(最終注文17時30分)
定休日:火曜
交通:京都市バス百万遍バス停より徒歩約5分
自家製カレーライスセット(800円・コーヒー/紅茶、ミニサラダ付き)も名物メニュー。

【立ち寄り情報】
・吉田神社まで徒歩約10分。貞観元年(859)に都の鎮守神として吉田山に創建。2月の節分祭が有名。
・下鴨神社まで徒歩約15分。5月の例祭・葵祭は京都三大祭りのひとつ。
・銀閣寺まで徒歩約20分。足利義政の山荘が起源で、東山文化を象徴する枯淡の美を体現。

取材・文/田中慶一 撮影/塩﨑 聰
※この記事は『サライ』2021年10月号別冊付録より転載しました。

 

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