取材・文/池田充枝
日本の近代美術史に大きな足跡を残した岸田劉生(1891-1929)。西洋美術と東洋美術の相克という宿命的な課題に立ち向かい、異端視されながらも同時代の画家たちに強い影響を及ぼした傑出した存在として知られています。
画業の当初は、ゴッホやセザンヌなどポスト印象派風の鮮烈な表現で注目されましたが、やがてデューラーやファン・エイクなど北欧ルネサンスに目を向け、時代に逆行するとの批判を受けました。
1915年には同志たちとともに草土社を結成し、神秘性をはらんだ写実表現を追求します。同時に長女をモデルにした麗子像への取り組みによって写実を超えた独自のスタイルを確立。1920年代には中国の宋元画の写実性に新たな境地を見出したほか、肉筆浮世絵の収集や日本画への挑戦によって画域を大きく広げました。
38年という短い生涯のなかで追い求めた「写実」とはなにか。劉生は「写実は道であって目的ではない。目的は写実以上の處(ところ)にある。言ふまでもなく、深き美にある」と語っています。
岸田劉生の優品を一堂に会し、その足跡を追う展覧会が開かれています。
本展は、劉生の画業を「初期」「肖像画」「麗子像」「静物画」「風景画」「日本画・版画」といった主題ごとに切り取り、劉生が追い求めた「実在の神秘」を、代表作を含む約90点の作品から探ります。
本展の見どころを、豊橋市美術博物館の主任学芸員、丸地加奈子さんにうかがいました。
「岸田劉生といえば<麗子像>の画家として知られていますが、その画業は白馬会の洋画研究所時代にはじまり、ゴッホやセザンヌなどポスト印象派への熱狂、デューラーやファン・アイクなどの厳粛な北方ルネサンスからの感化、そして中国宋元画や日本の肉筆浮世絵への耽溺など、じつに幅広いものでした。<写実的神秘派>を自認し、独自の写実表現を確立したばかりではなく、膨大な美術論考や随筆を残すなど、38歳の生涯とは思えない旺盛な活動には驚くばかりです。
このたびの展覧会では、そうした劉生の多様な画業を主題ごとに集約することで、それぞれのテーマの深化と展開を追いたいと考えています。劉生が確立した独自のリアリズムが、そうしたモチーフの中でどのように探究され、さらには写実を超えていったのか、ご覧いただけることと思います。
なかでも、このたびのおすすめは西洋の写実表現と東洋美を混成させた《二人麗子図(童女飾髪図)》です。じつに不思議な作品ですが、日本画や装丁にもこの主題を繰り返し描いています。なぜ麗子を二人描いたのか? 劉生の投げかける謎に挑んでみてください。
また、このたびは豊橋市美術博物館のコレクションより、劉生の影響がうかがえる草土社同人や三岸好太郎など同時代の画家たちの作品も特別展示(当館のみ)しておりますので、併せてご覧ください」
心揺さぶられる「二人麗子像」、なぜ二人なのか、その謎を解きにぜひ会場に足をお運びください。
【開催要項】
岸田劉生展 実在の神秘、その謎を追う――
会期:2018年7月21日(土)~9月2日(日)
会場:豊橋市美術博物館
住所:愛知県豊橋市今橋町3-1(豊橋公園内)
電話番号:0532・51・2882
http://www.toyohashi-bihaku.jp/
開館時間:9時から17時まで
休館日:月曜日(ただし8月13日は開館)
巡回:ふくやま美術館(9月15日~11月4日)
取材・文/池田充枝