取材・文/藤田麻希
明治から昭和にかけて、京都を拠点に活動した日本画家・木島櫻谷(このしまおうこく/1877~1938)をご存知でしょうか。
櫻谷は、第1回文展(現・日展)で最高賞を受賞した優れた画家で、美術学校の教授や審査員なども務めていましたが、晩年に画壇と距離を置いたことや、まとまって作品を見られる美術館がなかったことから、「知られざる日本画家」になっていました。
しかし近年、展覧会が開催されたり、テレビ番組で取り上げられるなどして、再評価の兆しが高まっています。そして今、櫻谷の生誕140年を記念した展覧会が、東京・六本木の泉屋博古館分館で開催されています(~2018年4月8日まで)。
1877年(明治10)、京都の三条室町で生まれた櫻谷は、曽祖父が画家で、父も絵や和歌、茶の湯などの文化に精通した人物だったためか、いつしか絵に興味を抱くようになり、16歳のときに、円山応挙を祖とする円山四条派の画家・今尾景年に弟子入りしました。
櫻谷が生涯に渡って徹底してこだわったのが写生でした。今尾塾に入門してから晩年までの間に、じつに600冊もの写生帖を残しています。塾友たちと写生会に出かけ風景や建物をスケッチしたり、猫や鶏などの身近な生き物を題材にしたり、1903年にできた京都市記念動物園(現京都市動物園)にも通いつめました。
そうした写生の成果がもっとも発揮されているのが、動物画のジャンルです。「獅子虎図屏風」は、一般的な日本画で重視される輪郭線を用いず、円山応挙が確立した付立法(濃淡二種の墨または絵の具を筆に付け、立体感や陰影を出す技法)を駆使して描かれています。
少ない筆数で無駄なく体の構造を捉え、たてがみの部分には濃い黄土色や白、墨で幾重にも毛を描き、ふわっとした質感を表しています。決して厚塗りではありませんが、立体感に富んでいます。
『熊鷲図屏風』の右隻には、雪原を歩く熊が描かれています。動物はふとした瞬間に突然立ち止まることがありますが、そんな一瞬の様子が、遠くをぼーっと見つめる熊の視線から伝わってきます。この作品にも輪郭線はありません。かすれたような筆使いで、熊のごわついた毛を的確に表しています。
「寒月」は、第6回文展で日本画の最高賞を受けた作品です。下弦の月が辺りを照らす冬の夜に、キツネが沢に向かって歩いて行きます。
この絵を特徴づけているのが、奥へ奥へと広がっていく竹林です。一見、モノクロームで描かれたように見えますが、よく見ると青、緑、茶色などの顔料が重ねられ、複雑な色味を帯びています。しんと静まり返った、冬の夜の空気感まで伝わってきます。
これらの作品を残した櫻谷の生誕140年を記念した展覧会が、東京・六本木の泉屋博古館分館で開催されています(~2018年4月8日まで)。
じつは同館は櫻谷の展覧会を2014年にも開催し、予想外の好評を得たそうです。その後、展覧会の反響を受け、これまで知られていなかった貴重な作品が発見されるなどして研究が進展し、わずか4年しか経っていませんが、新たに櫻谷展を開催する運びになりました。
なぜこれほどまでに、櫻谷の作品が現代を生きる我々の興味を引いているのでしょうか。泉屋博古館学芸課長の実方葉子さんに伺いました。
「この反響は、正直言って展覧会担当者の私自身が一番驚いています。その理由をなんとかあげれば、その作品が日本絵画本来のよさを備えているからではないでしょうか。心地よい筆運び、明澄で上品な色彩、適度な装飾性、そして円山応挙以来受け継がれた確かな写生力。京都で育まれた穏和な美しさ、わかりやすさは、かつて退屈で古臭いとされた時期もあったかもしれませんが、刺激的な映像が氾濫する今日、かえってそれが新鮮に映るのではないでしょうか。
加えて動物など対象への深い共感も読み取れます。そこには文化の壁をも越えるような普遍性があるようにも思われるのです。なかでも《寒月》は特別で、櫻谷の名を知らなくても、これだけは記憶に残っているという声を少なからず聞きました」
櫻谷の技量がいかんなく発揮されている、動物画を中心に集めた展覧会です。東京ではなかなか見る機会のない櫻谷の作品をお見逃しなく。
【生誕140年記念特別展 木島櫻谷 PartⅠ 近代動物画の冒険】
会期:2018年2月24日(土)~4月8日(日)
会場:住友コレクション 泉屋博古館分館
東京都港区六本木1-5-1
電話番号:03-5777-8600(ハロ-ダイヤル)
公式サイト:https://www.sen-oku.or.jp/
開室時間:10時~17時(入場は閉館の30分前まで)
休館日:月曜
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』
※記事中の画像写真の無断転載を禁じます。