「落ちぶれたアイドル」とバカにされ
フィンガー5がアイドルとしての活動に終止符を打ったのは、1978(昭和53)年ごろ。正男さんは19歳になっていた。
「音楽で食べていくのは簡単でないことは、これまでの経験でわかっていました。加えて、父の方針で、“20歳になったら家を出なさい”と厳しく言われていたこともあり、音楽関連会社に就職。アーティストのマネージャーなどをしていたのですが、30歳のときに不動産関連会社に営業職として転職。このときに、先輩から“家は一生に一度の大きな買い物。チャラついたアイドルから誰も買わないよ”とか、多くの人から“落ちぶれたアイドル”などとバカにされましたが、持ち前の負けん気と、“なんくるないさ(人事を尽くして天命を待つ)”の精神を発揮して、売り上げトップを維持しました」
アイドルとして、ステージの中心にいた人が、一般人と同じように仕事をしているのだ。そういう人に対して、「昔はよかったのにね」「まさか“ただの人”になるとはね」などと、石を投げるような発言をする人は少なくない。
「ひどい言葉で明らかに侮辱されることもありました。でもそれを気にしていたら、前に進めない。母から“フィンガー5というのは、一生つきまとう看板だよ”と言われました。その看板をどう使うかは自分次第なんです」
だからこそ、侮辱をされても、バカにされても笑顔でかわし続けた。それは父から「どんな人でも、お前たちのファンなのだから、大切にしなさい」と教えられていたからだ。
「侮辱するのは最初だけ。ほとんどの人が、やがて僕が何者かなんて気にしなくなる。誠実に生き続けていれば、どんな道も開くんです。同じことは定年後の人にも言えるんじゃないかな。会社という舞台を降りて、自信をなくしてしまっている人は多い。でも、あなたにはもっといろんなことができるし、あなたを求めている人はいると声を大にして言いたい。悩んでいる間に、次の一手を打てばいいんですよ」
仕事を続けて別の道が見えたら、そこを辞めて別の道を進めばいい。不動産のトップ営業マンだった正男さんは、36歳のときに建築業に転職する。
「家を売っているうちに、作りたくなったんです。そこで、大工さんの道を歩むことにしたんです。やはりそれは、アメリカ文化を感じて育ったからでしょうね。日本の住宅をもっと洗練させて、カッコよくしたいという思いが強くなってきた。そのとき、ちょうど、2×4(ツーバイフォー)工法を日本に広めるための技術者育成の公募広告を見つけました。それに応募したら採用されたんです」
採用者は、半年間、アメリカの建築学校に留学する。これは偶然だが、その学校は20年前に兄妹5人で留学した街・ロサンゼルスにあった。そこでの正男さんは自習も含めると、朝5時から深夜0時まで勉強漬けの日々を過ごす。
「留学期間は半年間。英語もそこそこわかるし、外国人とのコミュニケーションも楽しく、充実していました。実技と理論をみっちり仕込んでもらい、帰国。その後10年間、内装職人として活動していたんです。施主さんから、“正男さんですか?”と聞かれ、“はい、そうです”と答えると、塗ったばかりの壁に“サインしてください”と言われました。流石に丁重にお断りしましたけれど(笑)」
内装業も10年続けたが、夢だった飲食店『いちゃりBar』を開店すると同時に、内装の仕事を辞める。
「店名の由来は、沖縄の方言“いちゃりばちょおでぃ”。これは、「出会えれば、みんなきょうだい」という意味があるんです。どんなときも迎えてくれる、そういう場所が必要だとずっと構想を暖めていました。店の内装を手掛けたのは僕。コロナ禍もありましたが、現在もお店は盛況で、多くのお客さんが来て賑わっています。僕の人生は、多くの人に助けられてきました。家族、周囲の理解者、応援してくださる人々、そういう人に支えられて今がある。また妻の存在も大きいです。常に僕を信じ、理解し、応援してくれている。夫婦としての歳月を重ねるたびに、妻の偉大さを感じています」
正男さんの妻は、アイドル時代から正男さんのファンだったという。フィンガー5のファンとして気になるのは、再び5人のステージを見られるかどうかだ。よく企画も持ち込まれるという。
「兄妹、それぞれ自分の家族がいて、生活がある。5人集まって再びステージに上がることはないでしょうね。母が沖縄で存命ですので、兄妹間で集まりますし、よく連絡は取り合っています」
正男さんの店には、近郊在住の末っ子の妙子さんや晃さんも時々来ることもあるという。
「みんな音楽が好きですから、曲がかかれば体が勝手に踊り出してしまう。それは昔から変わりません。音楽が楽しくてたまらないんです。それは今でも変わりません」
そんな正男さんは、毎年2月にバースデーコンサートを開催している。2024年も「MASAO BIRTHDAY LIVE 2024」を開催した。
今後も、音楽を続けて行くのが、夢であり目標だという。正男さんは「音楽は、演奏している僕たちも、周りの人も楽しくなるからね」と笑った。
人生100年時代、今が一番若く、可能性はいくらでもある。「今だけを見て、進んでいる」という正男さんは、これからどんなステージを見せてくれるのだろうか。
構成/前川亜紀 撮影/フカヤマノリユキ