日本的美徳は捨てて、迷惑をかけることを楽しむ
──娘が母の思いを察して行動する……ご高齢の方の中には、自分の意見を言うことは、人に迷惑をかけることだと思っている人も多いです。
母も75歳を過ぎた頃には、従来の日本的美徳を徐々に捨てていきました。私も「もう十分頑張ったんだから、迷惑をかけてもいいよ。迷惑をかけることを楽しもうよ」と言ったことがあります。
その頃から、自分の言いたいことを言い、行動することが増えました。迷惑をかけることを謳歌していたと思います。病院や介護施設のスタッフさんにちょっとしたいたずらを仕掛けることもありました。それは元気の証でもありますから、看護師さんも介護士さんも喜んで受け入れてくれました。母も楽しそうで、その姿を通じて、安心して迷惑をかけ合える世の中になればいいと思ったのです。
いずれ私も介護される立場になるでしょう。母を見ていると90歳までは自力でなんとかできるけれど、その先が難しいこともわかりました。
誰かの手を借りなくては生きられなくなったとき、必要なのは本人に寄り添って厳しいことを言ってくれる人です。「ご飯は最後まで食べなさい」など、娘のように言ってくれる人がいればいいなと思っています。
──迷惑を通じて、人と人とがつながっていく。
私も助けを求め、母は自分の意見を言い、いろんな人のお世話になって今があります。介護はどうしても人の手が必要で、その手は常に不足しています。私が助けていただいたご恩返しをしたいという思いは常にあり、コロナ前まではボランティアとして介護に携わっていました。感染拡大が落ち着いたら、再び活動を始めます。
──登山、社交ダンス、ボランティア、慈善活動、そして仕事……市毛さんは常に走り続けています。そのパワーの原動力はなんですか?
文化です。これは心身の栄養で、人間は文化がないと生きられないと感じます。登山も文化です。最近、幼い頃から親しんだクラシック音楽を改めて好きなんだと感じています。音楽を聴き、心がぐわっと動くたびに、「原点回帰なんだな」と思います。
それは、幼い頃に両親が与えてくれた環境の影響が大きい。登山、演劇、舞台……。思い返せば、私は親から人生を楽しむ“道具”をたくさんもらっています。それが今の自分につながっていると感じるのです。
私の主演する舞台『百日紅(さるすべり)、午後四時』は、9月末から10月末にかけて公演が続きます。だから本番が終わるまで「私の好きなクラシック音楽やミュージカル、演劇の公演は、この期間にやらないで~」と念じているんです(笑)。

1950年静岡県生まれ。文学座附属演劇研究所、俳優小劇場養成所を経て、1971年ドラマ「冬の華」でデビューし、テレビドラマ、映画、舞台など幅広く活躍。登山、ヨガ、社交ダンスなど多彩な趣味で知られており、執筆や講演も多数。特定非営利活動法人 日本トレッキング協会理事・環境カウンセラーとしても活動中。著書に『山なんて嫌いだった』(山と渓谷社)『市毛良枝の里に発見伝~関東近郊の里山21コースを徹底ガイド』(講談社)がある。
●市毛良枝さんの舞台

出演:市毛良枝、陰山泰、福本伸一、朝倉伸二、岩橋道子、弘中麻紀、瓜生和成、
平体まひろ ほか。
作・演出:鈴木総
66歳の一美が、人生百年を前向きに生きるために、新たな一歩を踏み出すひと夏の物語。夏から秋への移ろいの中で、人の変わりゆく心と決意を、おかしく、愛おしく、繊細に描く笑いたっぷりの大人のホームドラマ。
【可児公演(岐阜県)】2022.9.26(月)〜10.2(日)可児市文化創造センターala・小劇場、【東京公演】2022.10.20(木)〜27(木)
吉祥寺シアターほか、各地にて上演。公式サイト https://www.kpac.or.jp/collection13/
衣装協力/Wild Lily
構成/前川亜紀 撮影/荻原大志
