2000人を超える中高年のキャリア開発に携わってきた、ミドルシニア活性化コンサルタントの難波猛氏の著書『「働かないおじさん問題」のトリセツ』(アスコム)より、これからの時代に中高年がいきいきと働くためのポイントをご紹介します。
文 /難波 猛
現場でミドルシニアの活性化を支援した経験から、「本人が変わりたいと思わない限り、本質的には変わらない」「上司や人事は、変わる必要性に気付くきっかけを与えるに過ぎない」という、ある意味で身も蓋もない結論を痛感しています。
しかし、特にミドルシニアと呼ばれる中高年の社員が長年続けてきた働き方や考え方を自分から変えたいと思うのは、想像以上に難しいことです。現在は周囲の期待と成果にギャップが生じている状態だとしても、かつては自分のやり方で成功体験を重ねてきた人も多く、「時代に合わなくなってきた」「会社が求めているベクトルからずれてきた」と頭では薄々感じていても、感情的に受け入れることは困難です。
そうした変化への葛藤を無視して、「働かないおじさんたちを、手練手管で働かせるように仕向ける」「上司命令で、無理やり行動を変えさせる」ような手法は長期的な効果が低く、お勧めできません。
上司や人事が本気になって「働かないおじさん」たちと向き合い、今後どうなってほしいのかを伝え、本人たちも自分が今後どうなりたいのかを真剣に考える。その結果、本人が理想とするありたい姿(キャリアビジョン)を描き、その実現に向けて努力することで、会社にとっても本人にとってもいい結果になる。そういう遠回りでも地に足のついた指針をお伝えしたいと考えています。
では、具体的にどうすれば、本人が「ありたい姿」を描けるのでしょうか。
そのためには、本人が「ありたい姿」を考えることが最初で最大のポイントです。
「ありたい姿なんて、自分のことだから今さら考えなくても分かっている」
「就活じゃないんだから、そんな青臭いことを考えても仕方ない」
「仕事なんだから与えられた仕事をやるだけで、考える時間が無駄」
このように感じるかもしれません。
40代や50代のキャリア研修を行うと、有名な大手企業の社員でも、
「ありたい姿や、やりたいことなど、自分のWILLを考えたことも無かった」
「給料がもらえるから働く、家族のために働く、以外に思いつかない」
「なぜ自分はこの会社で働きたいのか、入社以来考えたことが無い」
「働く意味と言われて、正直ピンとこなかった」
このようなコメントが多く出ます。
これは本人たちの能力や意欲の問題ではなく、「考える必要がなかった」「考える機会を与えなかった」「考えてもらうと都合が悪かった」企業側や日本の雇用システムの問題もあるかもしれません。
「どんな人生を送りたいのか」「どういう自分でありたいのか」「どんな仕事にやりがいを感じるのか」「大切な人から、どんな自分と言われたいか」「なぜ、この会社で働くのか」「いつまで働きたいのか」「仕事を通じて、どう社会や組織に貢献したいのか」等、自分のWILLについて問いを立てることで、「生きることや働くことへの 意味付け」を行うことが有効です。 マーティン・セリグマン博士によって提唱されたポジティブ心理学では、こうした意味付けを「ミーニング」と呼び、意味付けができると働くことへの幸福感が高まると言います。
「ありたい姿」と似た言葉に「あるべき姿」がありますが、個人的には好きではなく、コンサルティングの現場でも使いません。「あるべき」の語感には「他人や外側から決められるもの」「理論的にこうすべき」 というニュアンスを感じます。「あるべき」論はWILLではなくMUSTに近いので、本質的な原動力に繋がりにくいと考えています。あくまで、「(他人からどう思われようが)自分のありたい姿」「(理屈抜きで)本音の感情として、心からやりたいこと」を掘り下げて、そこに向けて近づいていく姿勢こそ、特に人生やキャリアの後半戦に差し掛かるミドルシニアが長く活躍するには重要だと思っています。
「どういう人生や働き方が本人にとって理想的なのか」は、結局のところ、自分にしかわかりません。そして、自分の「ありたい姿」が見えてくれば、現状とのギャップや上司のフィードバックも、自分事として受容しやすくなります。例えば、「やはり自分は、この会社が好きだし、 65歳まで今の仕事を続けたい」と考えたとすれば、「現在のスキルや成果だと、その状況が獲得できない」という上司 のフィードバックに対して、スキルや成果(CAN)の向上は会社の必要性(MUST) だけでなく自分の必要性(WILL)を満たすことに繋がります。
場合によっては、「自分のありたい姿は、現在の会社や仕事の延長線には無い」という気付きがあるかもしれません。その場合は、今後の選択肢をさまざまな角度から検討し、自分にとって納得できるキャリアを選択することも大切です。
働き方も多様化し、働く年数も長くなっている現在、「会社に残る」「違う会社で働く」「副業や複業で働く(パラレルキャリア)」「起業する」「社会貢献活動をする」など、 選択肢は終身雇用が大前提だった昔より豊富です。
会社によっては、勤続年数が長い社員には「転身支援制度」「セカンドキャリアサポートプログラム」「選択定年制度」などの名称で早期退職優遇制度を用意して経済面や再就職の支援を提供している場合もあります。 上司や会社としては、成熟した大人である本人に対して、特定の方向へ誘導したり、何かを強制したりする必要はありません。本人が自由意思で選択した結果に対して「気持ちを尊重し、サポートする」という姿勢が大切です。
ただし、「自由意思の尊重」ということは本人にとって甘い話ではありません。
「やりたい仕事は、自分の力や意思で取りにいかないと与えられない」
「ありたい姿もやりたいことも見つからないなら、会社に職業人生の主導権を預けることになる」
「やる気も成果も出せない状態が続くなら、会社から契約終了を言われる可能性がある」
こうしたシビアな側面もあり得る中で、「自分で自分の意思を掘り起こす」「自分で自分を動機づける」努力は求められます。
難波 猛(なんば・たけし)
人事コンサルタント。マンバワーグループ株式会社シニアコンサルタント。1974年生まれ。早稲田大学卒業、出版社、求人広告代理店を経て、2007年より現職。人事コンサルタント、研修講師として日系・外資系企業を問わず2000人以上のキャリア開発を支援。人員施作プロジェクトにおけるコンサルティング・管理者トレーニング・キャリア研修などを100社以上担当。官公庁事業におけるプロジェクト責任者も歴任。
『「働かないおじさん問題」のトリセツ』難波 猛 著