2000人を超える中高年のキャリア開発に携わってきた、ミドルシニア活性化コンサルタントの難波猛氏の著書『「働かないおじさん問題」のトリセツ』(アスコム)より、これからの時代に中高年がいきいきと働くためのポイントをご紹介します。

文 /難波 猛

前回は、ネガティブフィードバックの5つの技術を解説しました。現実問題として、自分にとってネガティブな情報を伝えられて、嬉しいと感じる人などいないのと同様、相手にネガティブな情報を伝えることを、喜んでやる人も多くいません。だからといって、上司が「やりたくない(やらされている)」という気持ちを払拭できない状態でフィードバックや改善のコミュニケーションを続けると、お互いに大きなストレスがかかりますし、感情的になりハラスメントに繋がるリスクも高くなります。ここからは、落ち着いて効果的にフィードバックをするための心得(マインドセット) と、そのための心理学的なロジックをお伝えします。

「嫌われるのが怖い」上司に有効なアドラー心理学


ネガティブフィードバックでは、相手にとって耳が痛いことを伝えることになるので、大前提として「大なり小なり、相手から嫌われる」ことを覚悟しなければなりません。


コンサルティングの現場では、「嫌われないための言い方を教えてほしい」「相手の気分を害さずに婉曲に伝えたい」「上司が言いにくいので、外部の先生からビシッと言ってほしい」という(虫の良い)リクエストをもらうことがよくあります。しかし、 そんな都合のよいテクニックは存在しませんし、継続的な改善を考えると、外部の人間ではなく日々接している上司の真剣なコミュニケーションは不可欠です。

「嫌われようが、煙たがられようが、組織や本人のために必要なことを伝える」
「今のまま放置するのは、何よりも本人のためにならない」
「短期的には恨まれたとしても、中長期的には必ず伝えてあげた方が良い」

こういう覚悟をした上で、はじめてネガティブフィードバックを行うべきです。 覚悟を固めるには、「課題の分離」という考え方が役に立ちます。

オーストリア出身の心理学者、アルフレッド・アドラーの理論(アドラー心理学)を紹介した『嫌われる勇気』(岸見一郎/古賀史健康著・ダイヤモンド社)がミリオンセラーになりました。「課題の分離」はこの本の中に紹介されている考え方です。

簡単に説明すると「自分の課題と相手の課題を分ける」「相手の課題を、自分が引き受けない」ということになります。

上司側の立場で考えたとき、耳の痛い情報を「伝えるか、伝えないか」は、自分が選ぶことができる「自分の課題」です。逆に、耳の痛い情報を伝えられた部下が、「何を感じて、どう行動するか」は部下が選ぶことができる「相手の課題」です。

もし、上司が「耳の痛いことを言わない」ことで「自分の課題」を放棄した場合、 部下は「その情報を受け取り、選択する」機会を失うことになります。上司の役割として、その対応は望ましいことでしょうか?

上司が自分の課題を果たしたら、相手の課題に関しては、上司側ではコントロールできないと割り切ります。最終的には、成熟した大人である部下本人が向き合って行動・選択する以外に解決策がありません。

このように「自分の課題」と「相手の課題」を分離し、自分のできる行動(自分の課題)にのみ集中するのです。
私の場合、同僚や上司やお客様にも、必要だと思ったことはかなり厳しい事もストレートに伝えるようにしています。

その際、「プロとして、不都合な内容が含まれていても必要な指摘やベストな提案を伝えるのは、自分の課題」「その結果、その指摘や提案をどう判断するか、私にどういう感情を持つかは、相手の課題」という「課題の分離」を行っています。

変な話かもしれませんが、こういう「課題を分離して、耳の痛いことも率直に伝える」ようにしてからの方が、上司や顧客の信頼(評価や売上や指名率)は高くなったと実感しています。

「できない理由」ではなく「やらない目的」(目的論)

「言わなきゃいけないと分かっているが、◯◯だからできない」という声もよく耳 にします。◯◯の中身は、こんな感じです。

●「年上の部下で元上司だから、厳しく言えない」
●「相手の気持ちを害して、職場に波風を立てたくない」
● 「言い方を間違えて、ハラスメントになるのが怖い」
● 「下手に言うと、ブーメランで反論されるのが嫌だ」

このような「できない理由」は、気合と根性で何とかするのではなく、同じくアドラー心理学の「目的論」を使って「やらない目的」として考えてみる方法があります。「目的論」は、人間の行動(行動しない行動も含む)には、「原因ではなく目的」がある、という考え方です。「ネガティブフィードバックができない」のではなく、あくまで「ネガティブフィードバックを『やらない』方が自分の目的に適っていて、やらないという選択をしている」と捉えるのです。その上で、「なぜやらないのか」「やらない目的は何だろうか」と考えます。

例えば、「相手が年上の部下なので、厳しいフィードバックができない」と思っている上司の場合、「できない」のではなく、以下のような「やらない目的」が考えられるかもしれません。

「相手はどうせ数年で定年なので、何もやらないまま平和に定年退職してもらうまで待ちたい」
「相手は年上でキャリアもあるはずだから、上司が面談で指摘などしなくても自分で問題点に気づくべき(気づいてほしい)」
「相手が反発して関係が悪化するより、多少不満はあっても臭い物に蓋をした今の状態の方がマシ」

これらの目的が適切かどうかは別として、「外部や相手に何かの原因があって『できない』」のではなく、「やらない方が得だと感じるから、自分なりの目的があって 『やらない』と選択している」という事実が分かれば、「できない」という思考停止の状態から脱却し、「やるか」「やらないか」を落ち着いて選択できるようになります。

このように、自分がフィードバックをしないことによって、何を得たいのか、何が得られるのかを、時間をかけて振り返ってみるのです。

その上で、「もしも自分が行動を起こさず、このまま放置しておくとどうなるか」 について真剣に考えてみましょう。「やらないとどうなるのか」「やるとどうなるか」を、さまざまな角度から問いを立てて考えてみるのです。ポイントは「やるとどうなるのか」は「上手くいかない場合 (ワーストシナリオ)」と「上手くいった場合(ベストシナリオ)」を想定することです。不思議と、こういう時には悪いシナリオだけを考えがちです。


【 例 】 入力ミスの多い部下にフィードバックしないといけないが 、 言い訳が多い人なので正直めんどうくさい
立てる問い:フィードバックしない場合、どうなるのか?

【結果】同じミスを繰り返す可能性が高い→その結果、周囲の業務に支障がでる →本人の評価や処遇が上がらない→本人だけでなく上司の自分も、周囲の信頼を失う可能性がある→組織の風土やパフォーマンスが低下する

立てる問い:フィードバックをした場合、どうなるのか?

【 結果(ワースト)】 いつものように言い訳ばかりして、結局変わらない、指摘した上司を逆恨みする
【 結果(ベスト )】 ミスを減らせる→周囲の業務負担が減る→ 本人の評価や処遇が高くなる→本人も上司も周囲も良い状態で働くことができる→組織のパフォ ーマ ンスが向上する

フィードバックは万能ではありません。相手に伝えたら必ず改善するという保証はありません。しかし、フィードバックをしなければ、相手の「成長機会」と「気づきの機会」を奪うことになってしまいます。「相手のために、言ってあげよう」と上司が本気で思えることがポイントです。

「やらないとどうなるか」の問いを立てるには、相手の立場、時間軸、レイヤーなど、視点を「現在の上司側の視点」から変えて考えてみるのも有効です。

● 「今期は良いが 、来期以降はどうなるのか?」
● 「今伝えてあげないと、この人が、60歳 、70歳になった時にどうなるのか? 」
● 「自分が部下の立場だったら、 言われたほうがいいのか? 言われないほうがいいのか? 」
●「自分の上司や経営者は、自分にどんな行動を期待するだろうか?」
● 「自分が尊敬する人なら、こういう時に言うだろうか、言わないだろうか?」
● 「言わないという選択は、お客様や他の社員にどんな影響を与えるだろうか?」
●「言わない選択をした自分を、未来の自分はどう思うだろうか?」

「期待する」が、「期待しない」

ネガティブフィードバックは、相手に変化を促し、改善を期待する行為です。しかし、伝え方を間違えると、相手のやる気や自主性を奪う危険も秘めています。

「部下の改善や可能性や意欲には期待する」「部下が自分の思い通りに行動することまでは期待しない」といった適切なバランス感覚や距離感が重要になります。

意を決してネガティブフィードバックを始めると、フィードバックをする側に力が入りすぎてしまうことがあります。これは、熱心で本気度が高い上司ほど起こり易いです。

「なんで私がこんなに一生懸命伝えたのに、言うとおりに行動してくれないのか」
「なんで私の言うことを理解してくれないのか」
「もっと、別の回答や行動を期待していたのに、何か物足りない」
「この部下なら、もっとできるはずだ」

こうした不満を口にする上司を見掛けます。そういう不満が湧いてきたときこそ、先に紹介した「課題の分離」を行いましょう。上司が伝えたことを相手がどう解釈して行動するかは、相手側の課題です。極論を言えば、行動しないことも本人の自由意思です。ただし、雇用契約に基づき組織で働いている以上、選択した結果の責任も本人が負うことになります。

相手の自由意思と課題を上司が奪ってしまい、相手をゴールへ無理やり誘導したり、説得したりするのは賢明ではありません。周囲が過干渉して「外発的動機付け」が過剰になると、本人の「内発的動機付け」が逆に減少する、「アンダーマイニング」 という現象が起こります。

成功体験の多い管理職ほど、「自分の意見は正しい(=相手は間違っている)」「私の提案した解決策を実施するべき(=部下の解決策は自分のモノより劣っている)」と考えがちで す。このような頑ななスタンスは相手に伝わり、反発を招きやる気を削ぐ結果になりがちです。

そうならないためには、「満額回答でなくても、部下が真剣に考えたプランを応援する」「最適な解決策を、上司が押し付けるのではなく部下と一緒に考える」等の余裕や流動性をもって臨み、一方的に説得をするのではなく、双方が納得できる着地点を探す方が、短期的には回り道でも良い結果を招くでしょう。

「敬意」をもって接すれば「誠意」は伝わる

ミドルシニアのローパフォーマーには、以前は活躍していた過去があり、そういう自分の過去の実績に対して、「今はくすぶっているかもしれないが、昔は自分が会社や部門を支えてきた」「年下(や中途入社)の上司より、長くこの仕事に携わって知っ ている」など、少なからぬプライドも持っている場合もあります。

特にミドルシニアのローパフォーマーや定年再雇用者に対する時には、「今まで会社を支えてきてくれたこと」「長く組織に貢献してくれたこと」に対する敬意を忘れないようにしましょう。敬意の心を根底に持った上で、「現在、足りない点」についてコミュニケーションを進める方が、良い結果に繋がりやすくなります。

逆に敬意を持たずに、「そのやり方は古いです」「今の方向性で成果を出してください」というような、一方的に相手を追い詰めるようなコミュニケーションではうまくいきません。

たまに、年下上司と年上部下の信頼関係が決定的に毀損している状態で相談をいただくことがあります。その際に部下の本音を聴くと「上司の言う理屈も分かる部分はあるが、感情的に受け入れられない。上司の言うとおりに行動することが、上司の手柄になると考えると馬鹿らしくなる」等の感情的な葛藤を抱えている場合があります。

部下は労務を提供する義務は持ちますが、無感情で労務を提供し続ける機械ではありません。相手に対する敬意や信頼を根底に持ちつつも、言うべきことはしっかり伝えるというスタンスで臨むと、相手も受け入れてくれる可能性が高くなります。


難波 猛(なんば・たけし)
人事コンサルタント。マンバワーグループ株式会社シニアコンサルタント。1974年生まれ。早稲田大学卒業、出版社、求人広告代理店を経て、2007年より現職。人事コンサルタント、研修講師として日系・外資系企業を問わず2000人以上のキャリア開発を支援。人員施作プロジェクトにおけるコンサルティング・管理者トレーニング・キャリア研修などを100社以上担当。官公庁事業におけるプロジェクト責任者も歴任。

             『「働かないおじさん問題」のトリセツ』難波 猛 著

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