文/鈴木拓也
経団連は、企業会員を対象に「新卒採用に関するアンケート」を毎年実施している。その調査結果を見ると、選考にあたって特に重視した点で「コミュニケーション能力」が、15年連続で1位となっている。
それだけ若手には、コミュニケーション能力が求められているわけだが、ひるがえって40代以降のベテラン社員はどうだろうか? 長年の社会人経験で、コミュニケーション能力に長けているかといえば、実はそうでない人も少なくはないらしい。
経験の積み重ねが仇となったり、移り変わる世の中への抵抗感から、「話し方の加齢臭」が漂ってしまい、コミュニケーションの阻害要因となっていることもある、と指摘するのは、話し方研究所代表の福田健(たけし)さんだ。
福田さんは、近著の『話し方の「加齢臭」』(プレジデント社)で、中高年が長年使っているうちにしみついた「言葉のクセ」が、独りよがりで押しつけがましい傾向を帯びると、まわりから敬遠される、いわゆる「加齢臭」の伴う表現へと変質すると述べていいる。
例えば、「何事も経験だ」という一言。若い頃は、自身を叱咤激励する意味合いで使っていたかもしれないが、長じて部下たちへ使いはじめると、それは加齢臭を放ち始めるリスクに……。
本人は、それが円滑なコミュニケーションの障害になっていることに気づかないから厄介だ。しかも、その種類は多種多様。福田さんは本書で、話し方の加齢臭には「根性臭」、「オレを認めて臭」、「レッテル決めつけ臭」など12タイプがあるとし、それぞれに事例と説明を加えている。例えば、「厭味臭」はこうだ。
入社して間もない頃、研修担当についた吉田課長(50代前半)は、新人の僕たちに「OJTって、知ってるか?」「ホウレンソウの意味わかってる?」などと、事あるごとに聞いてきた。誰も答えられないでいると、
「なんだ、そんなことも知らないのか」
と前置きしてから、説明を始めるという具合。
(本書66pより引用)
「なんだ、そんなことも知らないのか」の何がまずいのかというと、言外から感じられる話し手の優越感と相手を見下すさまが、まさに「加齢臭」漂う表現なため。
こう言われた若手社員が、「よし、それならこっちも勉強して、もっと知識をふやそう」と発奮するかといえば否で、むしろ何らかのかたちで厭味を返してやろうという気になってしまう、と福田さん。
もう一例を引用しよう。こちらの登場人物は、利益の少ない大プロジェクトを無理に受注した部署の若手社員とその上司とのやりとりだ。
「例の案件、無理そうです」と報告した。すると菱田さんは、
「なんで消極的になっているんだ。その仕事は食いついて離すな。大きなプロジェクトを経験するのは何事にも代え難いから、やってみろ」
「納期も利益も、現場は難しいと言っています」
「やれと言ったらやってみろよ。お前のためになるんだから」
そう言われて、30分以上、話は続いた。
(本書118pより引用)
こちらは、典型的ともいえる「説教臭」。自分だけの経験に基づいて押し通し、「お前のため」と締めくくるののだが、部下にしてみれば単に無理難題を押しつけられているように感じる。
福田さんによれば、「人は『説教』を嫌う。素直に聞くのは、お坊さんの話ぐらいのものだ」とずばり。「説教していい気分になっているのは自分だけ」ということに気づくべきだとも。
* * *
福田さんは、なにも12タイプもある「加齢臭」を完全に断罪するわけではない。どのタイプの話し方にもプラス面があり、そこを活かす「付き合い方」もあるという。また、年長者の人生経験の豊かさは、世事や人情への深い理解につながり、それが人柄に表出して「好ましい匂い」へ転化させることも可能だ。
とまれ、自身の話し方に「加齢臭」の自覚がある方は、本書のチェック・リストでタイプを特定し、軌道修正をはかってみるとよいだろう。
【今日の心の健康に良い1冊】
『話し方の「加齢臭」』
https://presidentstore.jp/books/products/detail.php?product_id=3171
(福田健著、本体1,200円+税、プレジデント社)
文/鈴木拓也
2016年に札幌の翻訳会社役員を退任後、函館へ移住しフリーライター兼翻訳者となる。江戸時代の随筆と現代ミステリ小説をこよなく愛する、健康オタクにして旅好き。