文/中村康宏
今、病気へのアプローチ方法が変わりつつあります。これまでの医療はどの患者さんにも共通して適用できる「標準化」が進められてきましたが、病気の原因や病態が分子レベルで解明されるにつれ、より安全で効率的な医療を提供できる「個別化医療」が希求されるようになっています。
個別化医療という概念自体は新しいものではありませんが、ITと最新技術を駆使して個々の遺伝子・環境因子に個別的にアプローチする「5P医療」と呼ばれる個別化医療への流れは、これから加速すると考えられます。今回は、そんな個別化医療への流れと「5P医療」について解説します。
■これまでの医療は「標準化」を追求
現在の医療は「標準化」を目標に進められてきました。例えば、30年くらい前には、同じ部位の同じ程度の胃がんであっても、医療機関によって「胃を2/3取る」ところもあれば、「胃を取らずに内視鏡で治療する」ところもあるなど、治療方針にばらつきがありましたが、「施設によるこのようなばらつきをなくそう」というのが標準化の流れです(※1)。
そこで、各病気について「このような症状・病気の時はこのように対処する」ということを細かく定めた「ガイドライン」の作成が推し進められました。このガイドラインに則った治療が「標準治療」で、今受けられる最も効果的な治療と科学的に立証されたものなのです。
■標準化により顕在化した問題とは
この標準化は、医療の質のバラツキをなくす上でとても重要な役割を担っています。しかし、膨大な検査・治療データを集約する過程で、個々の性質の違いや環境の違いを除外しており、実際にガイドラインを運用すると、必ずしも皆が同じ経過をたどるわけではないことが明らかになりました。同じ病気を有する複数の患者さんに、同じ医薬品を使用した場合でも、その効果や副作用は個人差が大きく、期待した効果が得られない、副作用が強くて治療を継続できない、といった問題が生じたのです。
つまりガイドラインをどれだけ細かく設定しても、それを全ての患者さんに画一的に当てはめることは難しいことがわかったのです(※2)。
■個別化医療が治療効率をあげる理由
そこで注目されるようになったのが「個別化医療」です。個別化医療は、海外では「personalized medicine」や「individualized medicine」というのが一般的ですが、日本では「テーラーメード医療」や「オーダーメード医療」とも呼ばれます。
個別化医療では、病気の特徴や患者さんの体質を遺伝子レベルで解析し「この病気にはこの薬の効果が期待できそうだからこの薬を使おう」「この体質の人には副作用が起きやすそうだからこの薬はやめておこう」といったことが予測できるようになります。このように、標準治療で足りない部分を個別的に対処し、治療効率をあげようというのが個別化治療の目的です(※3)。
この個別化医療のメリットとして3つ挙げられます。まず、副作用をなるべく抑えつつ高い効果を期待できる治療選択が可能になります。そうして治療効果が上がり、副作用が少なくなることで、無駄な治療を避けられ、医療費も抑えられます。そして、遺伝子や薬理学的な情報だけでなく、仕事やライフスタイル、人生観、家族・経済環境などの治療に影響を及ぼす環境要因を考慮に入れた上で、患者さんにとって最善の選択を行うことができ、結果的に治療の満足度を高めることができます。
■個別化医療の「5つのP」とは
検査技術や薬剤開発が今後さらに進むと、個々の患者さん特有のニーズに対応した介入法を用いる個別化医療が一般的になっていくでしょう。その5つの特長を、共通する頭文字「P」をとって「5P医療」と呼ぶことが提唱されています(※5)。その5つのPとは、以下の5つです。
(1)Personalized(パーソナライズド、個別化):患者さんの遺伝的背景や病気に関する理解が深まるにつれて、患者さん個人個人に最適な治療法を設定することができるようになります。病気の管理も効率的に行うことができ、経過モニタリングを長期的かつリアルタイムで実行すれば、完全に個別化した医療が実現するでしょう。
(2)Predictive(プレディクティブ、予測):遺伝子検査や抗体検査などの技術進歩によって、特定の病気にかかりやすい個人を識別できたり、薬の効果予測ができるようになります。発症した病気の診断だけでなく、発症前に高い確率で疾患の予測・早期診断、そしてその治療の結果をより正確に予測することが可能になります。
(3)Preventive(プリベンティブ、予防):予測が可能になれば、発症前、あるいは発症早期での予防・先制医療が可能となり、発症予防や発症遅延が期待できます。これは不健康な状態を回避する新しいアプローチで、従来の医療に大きな相乗効果をもたらします。リスクのある人を診断できるようになれば、今後の医療のあり方に影響が出てくるでしょう。
(4)Participatory (パーティシペイトリー、参加型):IT技術の発達した今日において、インターネットを通じた情報交換や情報共有が容易にできるようになりました。今読まれている記事のように、自分の病気に関する情報に自分の意思でアクセスできるようになっています。さらに、SNS等を通じて同じような状況にいる他人と共有することもでき「患者さんが自ら考え、判断する」機会が増えています。遠隔診療などの新しいツールによって医療へのアクセスをさらに容易にし、ライフスタイルや行動様式の改善といった能動的な行動が求められる分野まで的確に管理することを可能にします。
(5)Psycho-cognitive aspects(サイコ・コグニティブ・アスペクト、心理・認知的影響):仕事や生活習慣、人生観、信念などによって患者さんの求めるもの・優先順位は変わります。患者さんの“本当に”必要なものを考慮して医療者がそれに対応することができれば、患者さんの治療コンプライアンスは向上し治療効果を向上させることができます(※6)。さらに、患者さんの満足度を高めることができます。
以上、個別化医療への流れと、これから注目されるであろう「5P医療」の特徴について解説しました。
個別化医療は、治療が安全で効率的になる、医療費を抑制できる、患者さん中心の医療が可能になり満足度が高まるといった利点があります。個別化医療への流れの中で、医師および医療従事者が新しい診断法や得られた検査情報と臨床情報を統合し、診療に活かすための能力を身につけることが課題となっており(※7)、「ライフスタイル医学」と呼ばれる新しい学問にも注目が集まっています。
【参考文献】
1.日本胃癌学会 1999
2.Nat Rev Clin Oncol 2011: 8; 121
3.Nat Rev Clin Oncol 2011: 8; 184–7
4.PMC 2011: The Case for Personalized Medicine, 3rd Edition.
5.Nat Rev Clin Oncol 2012 :doi:10.1038/nrclinonc.2010.227-c1
6.J Pain Symptom Manage1998: 16; 153–162
7.Gout and Nucleic Acid Metabolism 2012; 36: 79-85
文/中村康宏
関西医科大学卒業。虎の門病院で勤務後New York University、St. John’s Universityへ留学。同公衆衛生修士課程(MPH:予防医学専攻)にて修学。同時にNORC New Yorkにて家庭医療、St. John’s Universityにて予防医学研究に従事。