文/中村康宏
「食事のタイミング」が注目を浴びています。というのも、近年の研究によって、食事のタイミングが人間の体に予想以上の大きな影響を与えていることが明らかになってきたからです(※1)。
さらに、食事のタイミングによって調整される“体内時計”が、がんや糖尿病の発症、人が死ぬ時間にまで影響を与えているとも考えられています(※2)。
そして、この体内時計と栄養学とを融合させた「時間栄養学」という研究分野が、ここ数年で急速に発展しています。今回はその「時間栄養学」の研究から得られた新しい知見を、ご紹介します。
■日本発の学問「時間栄養学」とは
「時間栄養学(Chrono-nutrition)」は、体内時計に関する研究分野である「時間生物学(Chronobiology)」と、栄養素や代謝に関する学問の「栄養学(Nutrition)」とが重複する部分に着目した新しい学問領域です。2005年に日本で提唱されました。
その背景には、日本人の総カロリー摂取量が年々減っているにもかかわらず、糖尿病や肥満患者は増え続けているという矛盾にあります。これまでは脂肪摂取量の増加や運動不足が原因と考えられてきましたが、この「時間栄養学」の研究の進展により、“栄養効果は時刻によって変化する”ことが判明しました(※2)。
■食事が体内時計を調整する!
われわれの体内時計の周期は、約24.5時間であることが知られています。実際の1日は24時間ですから、毎日0.5時間のズレが生じることになりますが、近年の研究から、この体内時計のズレをリセットする要因の一つが食事にあるとわかりました(※3)。
じつは食事は、全身に存在する“時計遺伝子”のスイッチとして働いており、循環・呼吸・消化・生殖・体温調節など多くの身体機能のサイクルが「食事をいつ食べたのか」を目安にして決定されていたのです(※4)。
とくに活動期の開始時刻と認識される“朝食の摂取時刻”は重要です。そして不規則な食事パターンは、記憶力・集中力・思考のスピード・運動能力など、日々のパフォーマンスに悪影響を与えることが多く報告されています(※5)。
■時間帯によってカラダの働きは異なる
ホルモン分泌や胃腸の動きには、人間に元来備わっている一定のリズムがあります。それを下の図にまとめました。このリズムと合わせて食事をとることが、効率よく栄養を摂取する秘訣となります。
例えば、消化液の分泌や胃腸の活動は昼にピークを迎え、夜は落ちるため、夜は食事の量を減らすことが推奨されます。
個々にあった食べる時間、食べる量、食べる物を調整することで、確実に体重コントロールでき、長期にわたる病気の予防ができるのです。
■食事のタイミングがカラダに与える影響
興味深い実験結果をひとつ紹介します。ネズミを2群に分け、朝食と夕食で脂肪の比率を変えた食事を食べさせたところ、同じカロリーを摂取しているにもかかわらず、夕食に高脂肪食を食べたグループが肥満やインスリン抵抗性(インスリンの効きにくさ)が増えていました(※6)。
また、15時前に昼食をとるグループとそれ以降に昼食をとるグループが同じダイエットプログラムを行い、20週後の体重を比較する、という研究をご紹介します。同じ食事内容・エネルギー消費であるにも関わらず、20週後の体重減少の割合は、前者の方が後者より約2キロも多く体重が減っていました。つまり、遅い昼食はダイエット効果を弱めてしまうのです(※7)。
このように、たとえ同じ量の食事であっても、摂取時刻によってエネルギー代謝は大きく異なり、栄養効果が大きく異なるのです。
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以上、今回は近年の研究で明かになった「食事のタイミング」の重要性について説明しました。
ホルモン分泌や胃腸の動きには人間に元来備わっている一定のリズムがあり、それをうまく利用できれば長期にわたる病気の予防ができます。一方で、このリズムに反する生活を続けると糖尿病や癌になりやすい体質となってしまうので注意が必要です。
生活リズム、嗜好など個々人によって大きく異なるため、専門の医師のサポートを受けて実践されることを推奨します。
【参考文献】
※1 Knutsson. Occup Med. 2003; 53:103-108.
※2 Hiroaki Oda, et all. J Neu Sci Vitaminol. 2015
※3 Bradley v Vaughn, et al. ChronoPhysiology and Therapy. 2014: 4; 67–77.
※4 岡村, 他. 日消誌. 2005; 102:1259-66
※5 Goel N. Prog Mol Biol Transl Sci. 2013; 119: 155-90.
※6 柴田重信. 解説 時間栄養学. 2012
※7 Garaulet, M., et al. International journal of obesity. 2013: 37; 604-11.
文/中村康宏
関西医科大学卒業。虎の門病院で勤務後New York University、St. John’s Universityへ留学。同公衆衛生修士課程(MPH:予防医学専攻)にて修学。同時にNORC New Yorkにて家庭医療、St. John’s Universityにて予防医学研究に従事。