80歳の現役のピアニスト・舘野泉さんが、自身の生き方を綴った著書『絶望している暇はない』(小学館)を上梓した。何があっても絶望しない、その超前向きな生き方は、あらゆる人に勇気を与えてくれる。
「病気で倒れた時の話になると、皆口々に、〝辛かったでしょう〟〝大変でしたね〟と言う。たしかに体は不自由になったし、両手でピアノを弾くこともできなくなった。でも、当の本人は、気に病みもしなかったし、絶望もしなかった」
舘野泉さん。80歳を過ぎた今も、現役で世界を飛び回るプロのピアニストである。ところが65歳の時にリサイタルの最中、脳溢血で倒れてしまう。そして右半身不随となる。
だが舘野さん本人だけは、まったく動じていなかった。その事実を受けとめ、抗わなかった。
《「つらい」と愚痴るより笑えばいい》
これは舘野さんの新著『絶望している暇はない』の一節。舘野さんは「人生を楽しむ」ことにかけて、達人の域なのだ。
たとえばリハビリ。倒れた直後は発語も歩行もままならなかった。少しでも回復するには、辛いリハビリに耐えなければならない。普通ならこう考える。
だが舘野さんは違う。
《新しい体験に夢中で、絶望している暇なんてなかった》
新しい体験──人生初のリハビリが「楽しかった」と言うのだ。
「辛くなんかありません。だって、毎日、何かができるようになるから。もちろん、こけたり失敗したりすることも多いですよ。自分でもそれがおかしくて、家内に話すと一緒に笑ってくれた。しばらく経ってから、家内に〝リハビリ期間ほど、わが家に笑いが絶えなかった日はなかったわね〟と言われました」
しかし右手が復活することはなかった。落ち込むこともあった。
《どんなにつらくて落ち込んでも、次の日に忘れてしまえばいい》
「左手のピアニスト」の誕生は突然だった。
「病に倒れてから1年以上過ぎた頃、久しぶりに顔を合わせた息子のヤンネが、一枚の譜面を無言でピアノの上に置いたんです。イギリスの作曲家ブリッジの『左手のための三つのインプロヴィゼーション』でした。知らない曲ではありません。楽譜を見ていたら急に弾きたくなって、憑かれたように弾いたら、弾けた。左手一本で弾いているのに、音が立ち上がってきた。自分の目の前に、『左手の音楽』という見たこともない新しい世界が開けてきました」
舘野さんは、左手一本に集中したことで、むしろ音楽の本質が見えてきた、と言う。
《右手を奪われたんじゃない、左手の音楽を与えられたのです》
2004年から、「左手のピアニスト」として活動する舘野さんは、今も精力的だ。
「『左手のピアニスト』をやるということが、初めての体験でしょう。今までの場所と違うわけだから、むしろ新鮮。好奇心も大きく広がっていきました。それが本当に楽しいの」
昨年80歳の誕生日の「傘寿記念コンサート」では4つのピアノ協奏曲を一気に演奏し、満場の喝采を浴びた。
そして今度は、自身の生き方のスタイルを35の言葉でまとめた『絶望している暇はない』という著書を上梓してしまった。
「いつも『やりたい』方向に駆けだしたら、何かが動き始めるんです。きっと、最後まで走り続けているのでしょうね」(笑)
舘野さんの好奇心は止まることを知らない。
《人生のゴール? いいえ、人生は常に通過点です》
【新刊案内】
『絶望している暇はない 「左手のピアニスト」の超前向き思考』
(舘野泉著、1000円+税、小学館)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09388557
※この記事は『サライ』2017年7月号より転載しました(取材・文/角山祥道 撮影/宮地 工、藤岡雅樹)
※舘野泉さんのコンサート情報は公式サイトをご参照ください。
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http://www.izumi-tateno.com/