文/一乗谷かおり
春は子猫の季節。「わさびちゃんち」にもまた、子猫がやってきた。
わさびちゃんちの父さんと母さんが、初めて猫に接したのはちょうど4年ほど前のこの季節だった。カラスに襲われていた子猫を保護、必死の介護をしたのがきっかけだった。夫妻は口の中に大けがを負った子猫をわさびと名付け、我が子のように慈しみ、大切に育てた。
わさびちゃん亡き後も、北海道札幌市で猫の保護活動を続けているわさびちゃんち。外で生まれて保護された子猫たちが里親さんに迎えられるまでの間、わさびちゃんちで飼い猫トレーニングをしている。子猫たちのお世話役は夫妻の愛犬ぽんずが買って出た。犬の園長先生と子猫たちの保育園のような様子からついた名前が「ぽんちゃん保育園」だ。
今年1月に刊行された『わさびちゃんちのぽんちゃん保育園』には、歴代19期生までのぽんちゃん保育園の卒園生たちが紹介されている。病気をしたり里親さんが見つからずわさびちゃんちの家族として正式に迎えられた子猫もいるが、ほとんどが今は新しい家族のもとで幸せに暮らしている。
そんなわさびちゃんちに、今春、ぽんちゃん保育園20期生にあたる子猫が保護されてやってきた。名前はドーナッツくん。
「今まで和風の名前ばかりでしたが、里親さんが見つからないことも増えてきて、今度の子猫はすぐに家族が見つかりますようにという願掛けの思いから、あえてカタカナの名前にしました」
そう語る母さんの言葉から切実な思いが伝わってくる。
■つらい状況下での保護活動
ドーナッツくんが生まれ育ったのは、これまでわさびちゃんちが関わってきた中でも最も深刻なエリアだ。猫の不妊、去勢をしないまま無尽蔵に餌やりを続ける人がおり、そこで暮らす猫の数も充分に把握できないほど。環境も決して衛生的とはいえず、命を落としてしまう猫も少なくない。ドーナッツくんも幼い頃に母親を亡くし、他の成猫たちにかわいがられて育った。
このエリアの惨状を見かねた人がわさびちゃんちに相談。夫妻がそのエリアに足を踏み込むと、「猫は全部、保健所に連れて行け!」と怒鳴りつける人まで現れるほど、事態は深刻だった。
札幌市の動物管理センターにも相談した上で、わさびちゃんちはぐっと我慢しながら捕獲作業を続けた。連日、捕獲される成猫たちを病院に連れて行き、不妊、去勢の手術を施して元の場所に返していく。
「全ての猫たちに人間家族を紹介したいのはやまやまです。でも、外で生まれ育った成猫の中には、人を警戒し、直接触れることもできないほど激しく威嚇、攻撃をしてくる猫もいます。無理強いをして人に馴れさせるより、一代限りの命を全うしてもらうために元の場所に戻すことにしています」(母さん)
餌やりの人になついている猫には、里親さんが見つかるチャンスがあると、母さんは続ける。
「うちに連れ帰り、飼い猫としてやっていけるように人との暮らしに慣れてもらうトレーニングをします」
ドーナッツくんより先に保護した成猫のうどちゃん、ふきちゃん、母猫あんずちゃんが現在、飼い猫トレーニング中だ。
■救われた子猫たち
子猫たちが生まれる季節になる前にと、まだ雪の残る時期から活動を開始したわさびちゃんちの父さんと母さんだったが、あまりにも外猫の数が多過ぎて、間に合わなかった。
ドーナッツくんは自立できるまでに成長した子猫だが、次にわさびちゃんちが保護したのは、前日に出産したばかりの母猫と子猫たちだった。母子一緒に、わさびちゃんちに連れ帰った。あんずと名付けられた母猫の6匹の子供たちは、ぽんちゃん保育園21期生となった。あんずという名は、成猫には里親さんが見つかりにくいと聞いた人が、里親の名乗りをあげて、つけてくれた名前だ。
さらにその10日ほど後に、1匹の雌猫が捕獲された。見ると、お乳が出ている。
「子育て中だ!」
慌てた母さんたちは、すぐに子猫の捜索を開始。近所の年輩の方々も総出で子猫探しに協力してくれた。3時間ほどすると、廃屋から子猫の声が聞こえることに父さんが気づいた。父さんたちの気配に母猫が帰ってきたと思い一斉に鳴き出したようだ。
しかし、父さんたちが中に入ると、母猫ではないことに気づき、鳴き止んでしまった子猫たち。父さんと母さんはガラクタをかき分けて、ようやく子猫を探し当てることができた。探さないと見つけられないくらい、母猫は上手に子猫たちを隠していた。
生後10日くらいだろうか、目が開きかけている。傍らには、亡くなった仲間の成猫の死骸があった。母猫は、だいぶ前に命尽きた仲間の側で子猫を出産し、その傍らに子猫を預けてハンティングに出かけたところ、捕獲されたのだった。
「もう大丈夫だからね」
母さんはそういって、子猫たちを抱き上げた。家に連れ帰ると、2匹は手足が冷たく、衰弱していた。必死で温め、ミルクを飲ませたところ、少しずつ回復。父さんと母さんは胸をなでおろした。
母猫の健康診断の結果、子猫たちを母猫に戻すことはできないと判断。ウィルスや感染症など、外で生活してきた猫が必ずしも健康体とはいえず、母猫のお乳をもらう子猫に影響が出ないとも限らない。母子を引き離すのは辛い決断だが、子猫たちの将来のためにも、人工授乳に切り替えた。ぽんちゃん保育園22期生となる子猫たちは、3匹は預かりさんの手元で、3匹はわさびちゃんちで保護されることになった。
更にその数日後、新たに捕獲した雌猫が、夜の間にわさびちゃんちで4匹の子猫を出産。やはり、ウィルス検査の結果、母乳を飲ませるのは危険との判断に至った。
「子猫ばかりが注目されがちですが、親猫たちもつらい思いをたくさんしています。本当はお母さん猫にも、お父さん猫にも幸せになってもらいたい。全ての命に手を差し伸べることができたら、どんなにいいか…」(父さん)
問題のエリアに住む13匹の成猫の不妊と去勢、17匹の子猫たちの保護は、すべて終了した。住民とも、捨てにくる人さえいなければこれ以上ここで猫が増えることがないこと、一代の命を全うしてもらうために、餌やりは続けてもらうこと、定期的に状況を教えてくれることなどを話し合った。
「とりあえず今はほっとしています。これから、子猫たちの里親さん探しが待っているから、ゆっくりもしていられないんですけどね」
父さんと母さんの奮闘は、もうしばらく続きそうだ。
文/一乗谷かおり
【参考図書】
『わさびちゃんちのぽんちゃん保育園』
(著/わさびちゃんファミリー、本体1,000円+税、小学館)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09343443
■わさびちゃんファミリー(わさびちゃんち)
カラスに襲われて瀕死の子猫「わさびちゃん」を救助した北海道在住の若い夫妻。ふたりの献身的な介護と深い愛情で次第に元気になっていったわさびちゃんの姿は、ネット界で話題に。その後、突然その短い生涯を終えた子猫わさびちゃんの感動の実話をつづった『ありがとう!わさびちゃん』(小学館刊)と、わさびちゃん亡き後、夫妻が保護した子猫の「一味ちゃん」の物語『わさびちゃんちの一味ちゃん』(小学館刊)は、日本中の愛猫家の心を震わせ、これまでにも多くの不幸な猫の保護活動に大きく貢献している。