猫はかわいい。人を癒す力を持っている。でも猫も生き物。病気もすれば、突然の別れに見まわれることもある。

「保護猫だって家族になれる!」というメッセージを発する『わさびちゃんちのぽんちゃん保育園』のスタッフさんは、ライターの仕事をする傍らで猫の保護活動にも取り組んでいる。

今回は、そのスタッフさんの手記をご紹介しよう。猫シェルターで出会ったある猫との、別れの物語である。

シェルターにやってきてしばらく経ち、ようやく慣れてきた頃の仙。

シェルターにやってきてしばらく経ち、ようやく慣れてきた頃の仙。

■シェルターでの「仙」との出会い

「仙」がシェルターにやってきたのは、1年ほど前のことだった。「施設に入ることにしたから、猫たちを捨てるか殺すしかない」という高齢女性のもとから、9匹の猫たちが引き取られ、その中に仙もいた。

その女性は不妊・去勢手術を施さないまま猫たちを飼っていたため、数が増え、数年前にボランティア団体が介入して手術をさせたり里親を見つけたりして、ようやくこの数まで減らしたという経緯があった。今回は自分の都合で猫たちが不要になったため、どうにかして欲しいと団体に相談を持ち掛けてきたのだった。

もともと臆病な性格で、シェルターに来た当初はいつも怯えて部屋の隅の方で背を向けてうずくまっていた仙。ようやく触れるようになったのは、半年ほど経ってから。それからは急激に、仙と私との距離が縮まった。

長毛の上、骨格の大きい仙は、もこもこ、ふわふわとしていて、短めの足で一生懸命じゃらしを追いかける様子はまるで狸のようで、とってもかわいく感じたものだった。

■病気になった仙

仙の右目上が妙に膨らんでいると気づいたのは、10月の半ば頃だった。最初は、他の猫と喧嘩でもして傷を作ったのかと思っていた。でも、膨らみは日毎に大きくなっていった。

団体の代表に、動物病院で診てもらった方がいいと伝えた。中で化膿して膿がたまっているのではないかと思った。脳にも近い場所だけに、心配だった。

10月末頃、代表がいつもお世話になっている動物病院に仙を連れて行ってくれた。結果、膿はたまっておらず、もしかしたら腫瘍かもしれないとのことだった。しばらくステロイドを飲ませて様子を見るという。

しかし、その後もあまり治る様子がなく、膨らみはピンポン玉くらいの大きさになってきた。右目の眼球は押しつぶされて見えず、膨らみに圧迫されてか鼻の通りも悪いようだった。尋常ではないと思った。仙がまだ若いせいか、膨らみの成長も早いように思えた。

多頭崩壊の現場に生まれ育ち、シェルターにやってきた仙。リンパ腫による腫瘍で右目が押しつぶされていた。

病気になった仙。リンパ腫による腫瘍で右目が押しつぶされていた。

いつもの病院では診られない重い病気の可能性もあるため、より設備の整った病院に仙を連れて行くことにした。年末年始で周囲も慌ただしく、年が明けて1週間ほどしてようやく、大き目の病院に連れて行くことができた。

病理検査の結果、リンパ腫であることが判明。腫瘍を取るだけならば、大学病院で手術と放射線治療をするという選択肢もあった。しかし、血液の癌リンパ腫である以上、眼球や表皮に近くリスクが高い腫瘍除去の手術をするよりも、抗がん剤治療をした方が効果的だという獣医師の判断で、仙は抗がん剤治療を受けることになった。

抗がん剤治療そのものも、生易しいものではない。投与する薬の種類によっては副作用が激しく出る場合もある。ひどい時には最初の投与でショック死する可能性もある。そういう危険な治療を仙に受けさせていいものか、迷った。

検査の結果、仙はリンパ腫がある以外は極めて健康体で、強い体だということがわかった。獣医師との相談の上、仙の生命力にかけようという話になった。副作用がひどいなど、あまりにも仙がつらい思いをするのであれば治療を中止することも検討した。

抗がん剤治療をするとなると、もうシェルターには置いておけない。抗がん剤を投与して48時間は、糞尿や吐瀉物がある場合、うっかり直接触れてしまうことはできない。それくらい抗がん剤は強い薬だからだ。

シェルターでは他の猫たちが万が一にも仙の排出物に触れないとも限らない。かといって治療中にずっとケージに入れておくのも、ストレスで病を悪化させてしまう恐れがある。

■通院治療で抗がん剤投与

仙は治療に集中するため、私が家族として迎えることになった。団体から正式に譲渡を受けた。代表は、仙のことも心配したが、私が今後、仙との闘病で抱える諸々の負担や不安も心配してくれた。金銭的負担、時間的負担、精神的負担……生活全般に関わってくる諸々を覚悟の上で、仙を迎える決意をした。

放置すれば腫瘍がどんどん大きくなって、ぐじゅぐじゅと崩れてくるかもしれない。そして体の各所に転移し、苦しみの末、亡くなってしまうかもしれない。その様子を黙して見続けることが、私にはできなかった。

仙のように強い子ならば、治るかもしれない。治療をすれば完治とまではいかないまでも、軽減できるかもしれない。二人三脚で頑張れば、なんとかなるかもしれない。そう思った。

抗がん剤治療の通院スケジュールは、ほぼ1週間おき。しかし、先生の都合やこちらの都合もあって、きっちり1週間後にはならず、10日後くらいになったりもした。

仙を迎え入れるために、家の中を整理した。先住猫2匹がいるため、抗がん剤治療中は隔離も必要だった。ケージも用意したが、狭いケージ暮らしではかわいそうと思い、六畳一間を仙のために用意。もともと臆病な仙は、最初のうちこそ引っ越しやら通院やら毎日の投薬やらで、なかなか慣れてはくれなかったが、徐々に自分なりに環境に順応していってくれた。

引っ越し当初は食欲も落ちたが、数日もすると、朝晩の食事は完食。快便だし、大好きなじゃらしで遊んだり、窓の外を熱心に観察したりして、それなりに過ごしていたように思う。5.6キロの体重もキープすることができた。

先住猫が部屋のドアをカシカシとかくと、警戒して椅子の下に逃げ込んでいた。

先住猫が部屋のドアをカシカシとかくと、警戒して椅子の下に逃げ込んでいた。

仙が新しい暮らしに慣れるまでは、仕事を2週間ほど休むことにした。とくに抗がん剤治療後の容体が心配だったが、仙は副作用による嘔吐もなく、元気いっぱいだった。腫瘍も一時は少し小さくなり、埋もれて見えなくなっていた右目の眼球も少し見えてきた。

夜は仙の部屋に布団を敷いて一緒に寝た。おそらく仙にとって、生まれて初めての人間と一緒に入る布団だ。最初のうちこそすぐには布団に入れなかった仙だったが、1週間もするとごろごろと喉を鳴らしながら自分から布団に潜ってくるようになった。

仙の調子が良かったこともあり、とりあえず仕事に復帰することにした。夜は遅くなることもあったが、仙は毎日ご飯をしっかり食べ、元気だった。この様子なら、もしかしたら心配していた苦しい闘病生活もなく、思いのほかうまく薬が効いてリンパ腫を叩いてくれるかもしれない。そう楽観視する余裕も出てきた。

治療の効果か、少し腫瘍が小さくなり、右目の眼球が見えるようになった。

治療の効果か、少し腫瘍が小さくなり、右目の眼球が見えるようになった。

ところが家族として迎えて23日後に――。

3回目の抗がん剤治療のための通院を目前に控えたある日、仕事を終えて帰宅し、仙の部屋に入ると、ぐったりと倒れている仙の姿が目に飛び込んできた。いつでも仙が寝られるようにと敷いてあった布団の側に、後ろ足をぴんと伸ばして、大きなグレーの体が重量感をもって横たわっていた。

「あれ?仙?どうしたの?仙ちゃん!?」

ぱっと見た瞬間、生を感じるとることができなかった。でも、自分のその直感を打ち消しながら、仙の体を揺さぶった。冷たかった。暖房の効いた部屋だったが、いつもの暖かく柔らかい手触りはなかった。自慢の長毛がびっしょり濡れていたのは、体の下に尿が広がっていたためだった。

仙の体に顔を埋めて泣いた。おしっこの匂いがしたけれど、そんなことはどうでもよかった。仙がいつも私にしてきたように、仙の顔に自分の顔をぐいぐい押しあてた。いつも熱を帯びていた腫瘍の部分は、今はもう冷たい塊になっていた。

結局、仙の死因は分からずじまいだった。朝までは、あんなに元気だったのに。最後の抗がん剤投与からは1週間が経過していた。まだ、闘病生活というほどのことも始まっていなかった。獣医師の先生は血栓の可能性があるかもしれないとの見解を示したが、火葬後の遺骨からは、血栓のあとらしいものを見つけることはできなかった。

仕事に復帰しなければよかった。もっと一緒にいる時間を作ればよかった。いや、シェルターから連れてきたのが間違っていたのかもしれない。仙は生まれた時からたくさんの猫たちに囲まれて育った。シェルターに来てからも、たくさんの猫たちと一緒に暮らした。その仙が、ドア越しに慣れない2匹の猫たちを警戒しながら、日中ひとりきりで部屋にいたのだ。

寂しくて、心細くて仕方なかったに違いない。だから、夜はあんなに甘えたのだろう。

仙と一緒に高齢女性のもとから保護された猫のうち、きじとらの女の子は数か月前に腎不全で亡くなっている。その女の子の兄妹猫の男の子と、仙の血を分けた長毛の兄弟猫は、団体主催の里親会でとある家庭に家族として迎えられた。

この2匹は元気で、愛されて、幸せに暮らしている。せめて君たちは、仙たちの分まで長く生きて欲しい。私が仙にもたらしてあげることができなかった幸せを、君たちは里親さんからもらって欲しい。

仙にとって、何が幸せだったのか。今もわからない。あのままシェルターで多くの猫たちと暮らしていたほうが幸せだったのかとも思う。

短い間でも仙と一緒に暮らせたことは私にとっては幸せだったが、仙はどんな気持ちだったのだろうか。ボランティアも含め、結局は自己満足でしかないのではなかったのか、自問自答する毎日だ。

手記/『わさびちゃんちのぽんちゃん保育園』スタッフ
構成/一乗谷かおり

【参考図書】
『わさびちゃんちのぽんちゃん保育園』
(著/わさびちゃんファミリー、本体1,000円+税、小学館)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09343443

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わさびちゃんにまつわるシリーズの第3弾『わさびちゃんちのぽんちゃん保育園』(小学館)

■わさびちゃんファミリー(わさびちゃんち)
カラスに襲われて瀕死の子猫「わさびちゃん」を救助した北海道在住の若い夫妻。ふたりの献身的な介護と深い愛情で次第に元気になっていったわさびちゃんの姿は、ネット界で話題に。その後、突然その短い生涯を終えた子猫わさびちゃんの感動の実話をつづった『ありがとう!わさびちゃん』(小学館刊)と、わさびちゃん亡き後、夫妻が保護した子猫の「一味ちゃん」の物語『わさびちゃんちの一味ちゃん』(小学館刊)は、日本中の愛猫家の心を震わせ、これまでにも多くの不幸な猫の保護活動に大きく貢献している。

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