取材・文/池田充枝
今も昔も、きらびやかで美しい箱は、人々を惹きつけてやみません。内容品が大切であればあるほど、所有者の身分が貴いほど、箱は美しく仕立てられ、“玉なる箱”として愛でられてきました。
「手箱」はその代表格で、もともと貴人の手回り品を入れるためのものが、蒔絵や螺鈿といった当時最高の技法によって飾られ、神々のお使いになる具として奉納されるようにもなります。とくに中世の手箱は、漆芸技法の結晶美ともいえるほどの技術の粋が凝縮され、「神宝」として、あるいは一部の特権階級の所有として伝わるにふさわしいものばかりです。
そんな神の宝箱、手箱の逸品が一堂に会する展覧会が、東京・六本木のサントリー美術館で開かれています(~2017年7月17日まで)。
このたび約50年ぶりに修理を行った国宝《浮線綾螺鈿蒔絵手箱(ふせんりょうらでんまきえてばこ)》(サントリー美術館蔵)を修理後初公開することを基点に、人々が生活の中で用いてきた手箱や特別に仕立てられた手箱の魅力を特集する展覧会です。なだたる神社に伝わる手箱の数々とともに、表衣(うわぎ)、沓(くつ)、檜扇(ひおうぎ)などの服飾から、鏡、鏡台、硯箱などの調度にわたる様々な神宝類を合わせて展示し、各時代で人々を魅了し、神に捧げられた技と美を紹介します。
さらに、このたびの修理でわかった名品手箱の複雑な技法の工程と高度な技を紹介し、近現代の名工が手がけた模造を通して、制作当初の姿をご覧いただきます。
本展の見どころを、サントリー美術館の担当学芸員、佐々木康之さんにうかがいました。
「手箱は生活の中で用いる様々なものを入れる箱として、当時の中心的な道具でした。“お気に入り”や“大切なもの”を入れておく箱は、いつの時代も綺麗に飾りたくなるもので、その感覚は現代の美しい化粧箱や宝石箱に共通します。さらに神様が使うものとなれば、なおさら豪華になるものです。本展は、漆工芸のなかでも、そんなきらびやかな品々がそろう手箱について特集します。
なかでもサントリー美術館蔵の国宝《浮線綾螺鈿蒔絵手箱》は豪華な手箱を象徴する作例です。表面は、金の粒子を密に蒔き詰めた「沃懸地(いかけじ)」という技法によるもので、金箔とは異なる、柔らかく奥行きのある輝きです。そこに貝の真珠層を用いた螺鈿(らでん)によって「浮線綾文」という有職文様(ゆうそくもんよう)を表す本手箱は、当時最も格の高い装飾技法とデザインで飾られるものです。
箱の裏には約30種類の草花が全面に描かれ、その写実的な表現はさながら植物図鑑を見るようです。今回期間限定で蓋裏を特別展示するとともに、修理によって金と螺鈿の輝きを取り戻した姿を初めてご覧いただきます。
このような鎌倉時代の名品手箱は、北条政子(1157-1225)の愛蔵した手箱として象徴的な伝来を持つものが多く、いずれも原品は国宝ばかりです。今回は名品手箱を、原品はもちろん、模造によっても集め、「政子の七つの手箱」を構成してみます。金や螺鈿のまばゆい輝きは、制作当時の名品手箱の輝きを彷彿とさせるもので、それらがずらりと並ぶ空間は圧巻です」
漆工芸の装飾技術が凝縮された小宇宙、名品手箱を間近でじっくりご鑑賞ください。
【今日の展覧会】
『六本木開館10周年記念 国宝《浮線綾螺鈿蒔絵手箱》修理後初公開 神の宝の玉手箱』
■会期:2017年5月31日(水)~7月17日(月・祝)会期中展示替えあり
■会場:サントリー美術館
http://suntory.jp/SMA
■住所:東京都港区赤坂9-7-4
■電話番号:03-3479-8600
■開館時間:10時から18時まで、金・土曜および7月16日(日)は20時まで(入館は閉館30分前まで)
■休館日:火曜(ただし7月11日は開館)
取材・文/池田充枝