今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「小生は人に手紙をかく事と人から手紙をもらう事が大すきである」
--夏目漱石

上に掲げたのは、夏目漱石が明治39年(1906)1月7日付で、門弟の森田草平あてに出した手紙の中の一節である。

実際、漱石は無類の手紙好きだった。漱石の遺した書簡は、現在、把握されているものだけでおよそ2500通にのぼる。

全集におさめられたその1通1通をつぶさに見ていくと、手紙文の古典的な定型ともいうべき候文のほかに、漢語調のものがあり、目の前の相手に語りかけるような言文一致体があり、ときには英文や俳句が彩りを添える。相手によって、また状況によって、自在に文体を使いわけている。

漱石は幼少時から漢文や寄席に親しんだ。その後、正岡子規との交遊を通して俳句を詠み、英文学者として文部省派遣留学生に選出されイギリスへも留学、やがて作家として頂点にのぼりつめていく。そうした人生の足跡が、そのまま、漱石書簡の多様な文体の下敷きとなっているのである。

そんな多様な文体を駆使しながら、漱石は真情とユーモアにあふれる手紙をせっせと書いた。

門弟のひとりで、のちに雑誌『赤い鳥』を創刊して日本の児童文学界を牽引する鈴木三重吉は、『漱石先生の書簡』と題する一文にこう綴っている。

「門下のものや先生のところへ出入りしたことのある人たちが、めいめいの煩悶を訴えたり、感想や議論を述べて来た場合なぞには、しばしば長い手紙をいとわずかいて、慰撫したり訓諭したり、教導された」

漱石からの手紙を受け取ったのは、門弟や友人、家族ばかりではない。自分に手紙をくれた見知らぬ人にまで、漱石は律儀に返書をしたためた。

困っているとき、悩んでいるとき、嬉しいとき、寂しいとき。その時々に、漱石は手紙で的確なことばを投げかける。そこに綴られたことばによって鼓舞されたり、心癒(いや)されたりして、自己の進むべき道筋を見いだした者も少なくないのである。

今日6月1日から、郵便葉書の料金が52円から62円へと値上がりする。封書の切手代は82円(定型25グラム以下の場合)のまま据え置かれる。たまには、漱石にならい、親しい人や離れて暮らしている家族へ、自筆で手紙をしたためてみるのもいいかもしれない。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

 

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