文・写真/秋山都

「ハロー」「メルシー」「サイツェン」……雷門の下にしばし佇んでいるとさまざまな言語が聞こえてくる。土産物屋にも飲食店にも海外からの観光客が列をなしている町、それが浅草だ。

ただその喧騒も、観音様(浅草寺)の横手から裏へと続く「ひさご通り」へ入れば一転、静かな商店街の落ち着きを取り戻す。

ふとのぞきこむと、焼肉屋が軒をならべる不思議な趣の路地があった。

浅草・富味屋の前でオーナーの高山勇男さん。のれんが一枚上へめくられたままになっているのは創業時からの習わし。

「昔、このあたりには数十軒の韓国料理屋がありました。だんだん減ってしまいましたが……」と話すのは富味屋の高山勇男さん。戦後、浅草と上野、三河島には在日韓国人たちが多く住む集落があり、彼らの食事処として料理屋も立ち並んでいたという。

「店を始めたのは現在93歳になる僕の祖母です。昭和35年に開業し、独学で肉の捌き方を学び、もみダレ、つけダレのレシピを考案してきました」

いまもすべて手作りしているタレは酒、しょうゆ、みりんをベースに、りんご、レモン、にんにく、生姜を加え、隠し味にハチミツと鯛味噌を加えたおばあちゃん直伝のオリジナル。焼肉のタレは濃厚で甘いと思い込んでいたが、富味屋のタレはむしろ軽くてさわやか。化学調味料を一切加えていないから、素材のうまさがダイレクトに伝わってくる。

「石焼ビビンバ」1,300円。この「石焼ビビンバ」の歴史は韓国でもまだ30年ほどと意外に浅いのだとか。

人気メニューのひとつが「石焼ビビンバ」だ。注文が入ってからごはんを石鍋で熱し、ナムルと肉味噌をのせて熱々に焼き上げる。ジュウジュウといい音をさせてやってきた石焼ビビンバを、卓上で高山さんが自家製コチュジャンとよく混ぜたら出来上がり。

コチュジャンは自家製の麦芽糖を麹味噌に混ぜ込み、1か月発酵させてようやく完成する。

ほどよくおこげが出来たビビンバを口に運べば……甘い、しょっぱい、すっぱい、辛い、苦いの五味が渾然一体となり、複雑な味わいが舌の上で波のように押し寄せてくる。野菜も肉も摂れるし、これはバランスのよい完全栄養食なのではないか。なにより美味い!

上ハラミ(1,800円)とレバー(900円)

もちろん肉のクオリティもすばらしいが、なかでも「上ハラミ」は早い時間に売り切れるほど人気。また「レバー」は肉業界で極上のレバーを指す“モチギモ”を特別なルートで仕入れているのだという。火を入れても弾力を失わず、おいしさが逃げていかないモチモチしたレバーもぜひ召し上がっていただきたい。

【今日の下町美味処】
『富味屋』
■住所:東京都台東区浅草2-14-7
■アクセス:東京メトロ「浅草」駅より徒歩7分、つくばエクスプレス「浅草」駅より徒歩3分
■電話:03-3844-3667
■営業時間:17:00~24:00(L.O.23:30)
■定休日:火曜

文・写真/秋山都
編集者・ライター。元『東京カレンダー』編集長。おいしいものと酒をこよなく愛し、主に“東京の右半分”をフィールドにコンテンツを発信。谷中・根津・千駄木の地域メディアであるrojiroji(ロジロジ)主宰。

 

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