文/鈴木拓也

『ネコノミクス』と言われ、2兆円あまりもの経済効果があるという、昨今の猫ブーム。識者は、「高齢者が増加して、犬ほど飼育に手間のかからない猫がもてはやされるようになった」などと解説するが、日本史の底流には猫ブームは継続的にあったようだ。

そのことを教えてくれるのが『猫の日本史』(洋泉社新書)。著者は、歴史作家で武蔵野大学政治経済研究所客員研究員も務める桐野作人(きりのさくじん)と「動物・歴史好きライター」の吉門裕(よしかどゆたか)のお二方。

本書が取り扱う範囲は、宇多天皇治世の10世紀から明治維新期の19世紀後半までの約千年と広いが、内容が散漫になるのを避け、平安時代の天皇・貴族に飼われた猫、戦国期の戦国大名・公家と猫の関わり、江戸時代の町なかの猫の3章に区切られている。

第1章の出だしでは、日本史上において記録に残るはじめての猫として、宇多天皇の日記に書かれた黒猫が紹介される。「臥せると、丸くなって足や尾が見えなくなり、黒い玉のように見える」など、猫好きなら思わずほっこりする記述がいくつもある。が、実はその黒猫は父帝の光孝天皇の形見であり、宇多天皇はこの日記を書く前に難儀な内輪揉めに巻き込まれていたなど、奥深い歴史の裏面へと読者をいざなう。

その後に、飼い猫の出産を祝った一条天皇、清少納言が『枕草子』に書いた猫など、これもまた深いエピソードが続く。

第2章は、主に織豊政権期の猫の「自由と受難」について書かれる。それまでは紐につながれて飼われた猫だったが、この時代になると、鼠害を防ぐため放し飼いが布告により奨励される。自由を得てしばしばいなくなる猫を案じる、飼い主たちの悲喜こもごもが綴られる。

時代が時代だけに、朝鮮出兵にお供して「殉死」を遂げるなどの悲劇もあり、一方で戒名をつけられ埋葬される猫もいるなど、人と猫がいっそう身近になる過渡期であることがわかる。

第3章は、「太平の世を満喫した猫」ということで、いよいよ猫が庶民の生活の隅々に入り込んだ、江戸時代における猫事情が記される。この時代の猫といえば、歌川国芳を抜きにして語れないが、本書でも国芳と彼の作品について、少なからぬページが割かれている。

他に、曲亭(滝沢)馬琴、天璋院篤姫、河竹黙阿弥に可愛がられた猫たちにも言及があるだけでなく、当時の猫専門の医者(猫医)や猫の葬儀など、猫に関係するウンチクが散りばめられていて興味深い。

*  *  *

日本史の枠組みでは、(犬に比べ)猫の影は薄いとされきた。干支には含まれていないし、雪舟や若冲といった名高い絵師のモデルになることもなく、鍋島化け猫騒動のように忌むべき存在として捉えられることすらあった。

『猫の日本史』は、そうした固定観念を覆し、われわれ猫派の溜飲を下げてくれる好著である。

【今日の一冊】
『猫の日本史』
(桐野作人編著、洋泉社新書)
http://www.yosensha.co.jp/book/b274393.html

文/鈴木拓也
2016年に札幌の翻訳会社役員を退任後、函館へ移住しフリーライター兼翻訳者となる。江戸時代の随筆と現代ミステリ小説をこよなく愛する、健康オタクにして旅好き。

 

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