文・写真/鈴木隆祐

B級グルメは決してA級の下降線にはない。それはそれで独自の価値あるものだ。酸いも甘いも噛み分けたサライ世代にとって馴染み深い、タフにして美味な大衆の味を「実用グルメ」と再定義し、あらゆる方角から扱っていきたい。

*  *  *

東京も三鷹より西に向かうと、埼玉一帯まで「武蔵野うどん」が名物となる地帯が、まるでアメリカのラストベルトのようにポツポツ続く。土日ともなると、住宅街にポツリ、昼のみ営業といった店にも客が押し寄せている。

小平や武蔵村山など、昔から水の乏しいエリアには田んぼが乏しく、主に雑穀を含む穀類が耕作されていた。そのため正月や盆など、人が集まる機会には収穫した地粉で手打うどんを打つ習慣があったのだ。

以前は農家の家庭料理で、店で提供することも少なかったのだが、ここへ来て専門店も都心部にできるなど、ちょっとしたブームである。

加水率は低く塩分は高めで、つけ麺より少量で満腹になり、腹持ちもよいのが武蔵野うどんの特徴。もっぱら冷たい麺を温かいつゆにつけて食べる。

極太な麺を噛み締めるごとに、地粉の旨味も這い上がってくる。麺に負けぬよう、つゆもひたすら甘じょっぱい。だから、豚の脂と旨味を上手くつゆに移した、肉うどんが受けている。

そんな武蔵野うどんの良店はやはり小平以西に集中するが(武蔵村山がことに有名店揃いで、“村山うどん”と別称もされる)、清瀬や東久留米にもうどん専業の店がいくつかあり、いずれも評判がいい。

東久留米には「柳久保小麦」という、うどんを打つのに向いたブランド小麦がある。江戸時代から栽培されていたが、戦時中に一時途絶え、昭和末期に農水省生物資源研究所に保存されていた種を元に復活した。

通常の小麦の収量の約半分と、生産性が悪いのだが、希少性から珍重され、徐々に生産量も増している。特有の甘さ、後を引く香りが際立つ。

この特色をよく引き出しているのが、東久留米にある『ますや製麺』のうどんだ。讃岐うどんにも“製麺”を標榜する店が多いが、それも自信の現れか。一昨年、同店のうどんを食べなければ、ぼくもこうして武蔵野うどんについて書くこともなかったと思う。

周囲にファミレス等が立ち並ぶ一帯にあり、駐車場も4台分あるが、昼時の混雑は覚悟していただきたい。

かなり絞り込まれたメニューだが、肉汁つけにはイベリコ豚バージョンも。

贅沢に5種の素材を使ったつゆも深みがあって、かなり上等。

うどんの特徴を的確にオノマトペで表現する貼り紙。読むだけで期待感が高まる。

薬味の投じ方まで指南。こうして単調なはずのつけうどんが段階を追って楽しめる。後半にすりゴマを入れるのもお薦めだ。

『ますや製麺』の肉汁うどんは780円するが、大盛りは無料なので、むろんそちらにしてもらう。出てきた時には想定外のボリュームにのけ反るが、案外ペロリと行けてしまうのも、麺のコシとつるみのバランスのよさのおかげだ。珍しく一皿に通常の精白麦の「白」が7割、地粉の「黒」が3割よそわれる。

地粉と漂白粉の素朴さと艶やかさ、黒と白を同時に味わえる盛りつけがなんといってもこの店のウリ。

この盛りつけ自体、どこか讃岐と武蔵野の合体を見るようだ。願わくば、香りの濃厚な「黒」だけを楽しみたいが、丁寧なこちらの仕事ぶりだと、黒一辺倒では常識的な価格では利益が出ないのかもしれない。

また、白と食べ較べることで、黒のよさが引き立つとも言えなくもない。5種の節を使ったつゆには焼きねぎにしめじも投入され、肉から染み出る脂にもくどさは感じず、なかなか複雑な味わいがある。

茹で上がりまで10分以上を要する極太のうどんだが、60前後とお見受けする主の麺と向き合う真剣な姿勢は称賛に値する。

『ますや製麺』は、おそらく脱サラ後に始めたろうご夫婦が懸命に切り盛りしているが、その様も清々しい。いかにも食堂然とした店内はいささか殺風景だが、まず清潔だし、麺の上にちょこんと糧(添えられる四季折々の野菜)がトッピングされるなど、盛りつけも美的なのも嬉しい。

さらに年季が入ってどう成熟していくか、追っていくのが楽しみな店である。

【ますや製麺】
■住所/東京都東久留米市滝山7丁目1−19
■アクセス/西武新宿線、花小金井駅からバスで約20分、滝山七丁目下車。
■営業時間/11:30~15:00(金・土・日のみ17:30~19:30も)
■休業日/水曜

【参考図書】
『東京実用食堂』
(鈴木隆祐・著、本体1300円+税、日本文芸社)
http://www.nihonbungeisha.co.jp/books/pages/ISBN978-4-537-26157-8.html

ISBN978-4-537-26157-8

文・写真/鈴木隆祐
1966年生まれ。著述家。教育・ビジネスをフィールドに『名門中学 最高の授業』『全国創業者列伝』ほか著書多数。食べ歩きはライフワークで、『東京B級グルメ放浪記』『愛しの街場中華』『東京実用食堂』などの著書がある。

 

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