談/星野佳路(星野リゾート代表)
私は長野県軽井沢町にある星野温泉旅館の4代目として生まれました。星野温泉旅館は大正3年(1914)創業の宿で、内村鑑三や与謝野晶子、島崎藤村らが集い、当時の文化を牽引する場となっていました。
しかし子供だった私の目には、実家の旅館は古臭くてカッコ悪かった。ハワイなどの海外のリゾートホテルに行くと、その外観や豪華なインテリア、プールなどの設備、そしてでっかいステーキに圧倒されていましたからね。ですから、いずれ家業を継ぐときには、この古くなっていた旅館を、海外のリゾートホテルのようにしたいと思っていました。
大学を卒業し、本格的にホテル経営を学ぶためにアメリカのコーネル大学大学院に留学しました。じつはその在学中の2年間で、私の考えはガラッと変わったのです。
ある日、著名人を招いて開かれたパーティでのこと。スーツ姿で出席した私に、インドや中東からの留学生が「なぜ欧米人のようなスーツを着て、西洋の真似をするのか」と言うのです。ふだんはTシャツにジーンズの彼らが、そのフォーマルな席では民族衣装、つまり自分の国の誇りを身に纏っていました。
千年以上の歴史を持つ日本から来た私は、彼らの期待を完全に裏切ったわけです。日本人としてのアイデンティティや自国の伝統文化を軽視していることを指摘されたようで、非常にショックでした。
このような体験を通して、海外の真似をしてはいけない、共に学んだ仲間たちが日本に来たときに恥ずかしくない、世界に誇れる温泉旅館やリゾートを作らなければ、と強く感じたのです。そして日本の温泉旅館の魅力を、その文化度の高さをカッコよく伝えることが私の使命だと思い直しました。
■心の許容範囲を広げることで、 その土地の魅力が見えてくる
商売柄、私自身は純粋に旅を楽しむということができなくなってしまいましたが、趣味がスキーなので、視察だと正当化しながら(笑)、スキー場へはよく足を運びます。また近年は、人があまり行かないところにこそ、新たな発見と魅力があると感じています。
星野リゾートでは、ご当地の魅力を発信することに力を入れています。青森の『星野リゾート 界 津軽』では津軽三味線のショーを開催、『星のや京都』では聞香を体験してもらったり、『星野リゾート 界 箱根』では地元伝統の寄木細工を随所に配置するなど。また、料理も土地の味覚を味わってもらうように心がけています。
新しい試みとしては『星のや竹富島』で、これまであまり注目されていなかった沖縄の冬の食材を使ったフランス料理を「琉球ヌーヴェル」というコンセプトで、沖縄の離島ならではのフレンチで提供しています。じつは沖縄は食に対する期待度があまり高くない地域なのです。北陸の蟹や北海道の雲丹のような、季節を感じさせる高級食材がありません。そこでリゾートから沖縄の食の変革をしたいと思い立ちました。
竹富島のおじいやおばあにお願いして、島ラッキョウやンジャナ(苦菜)、ハンダマ(水前寺菜)などの伝統的な島野菜を作っていただき、やんばる鶏や地元の魚などと組み合わせます。とても評判がよかったので、冬の沖縄の魅力としてさらに推し進めていきます。
■とにかく多くの方に、もっと日本のすみずみまで足を運んでほしい。
たとえば、温泉といえば箱根に行き、年末年始はハワイへ行くという方がいます。ハワイへは何十回も行くのに、津軽や高知へは行ったことがない。冬の津軽の美しさや高知の岬の絶景は本当に素晴らしい。温泉もいつも同じところへ行くのではもったいない。海外旅行でさまざまな国を訪ね歩くように、まだ行ったことのない個性溢れる日本各地を、ぜひ巡ってほしい。そして、できれば心の許容範囲を広くして、新たな発見をしてほしいと思います。
どういうことかというと、すべてを計画的にせずに、ある程度“行き当たりばったり”な旅をしてほしいということです。
顕著な例が夕食。北海道でも沖縄でも、夜7時には食事をしたいという方がとても多い。ふだんの生活リズムを崩したくないということなんでしょうけど、沖縄では夜7時はまだまだ明るい時間帯。できれば夜9時や10時に食事の時間をずらしていただくと、素晴らしい星空を眺めながら、何ともロマンチックな食事が楽しめます。
また津軽でしたら、寒さを我慢していただいて囲炉裏端で食事をする。暖かい炎と火の爆ぜる音が雪国の風情を引き立ててくれます。
旅する皆さんが許容範囲を少しだけ広げていただくことで、私たちは地域の魅力を積極的に提案できるのです。ちょっとした不便や苦労も含めて、土地の良さを楽しみ尽くす。皆さんの意識が少し変わることで、地域の意識も変わり、日本の観光はぐっと面白いものになるはずです。
星野リゾートでは、3つのブランドと6つの旅の趣向に分けたカテゴリーで日本旅を提案しています。非日常を堪能できるラグジュアリーホテル「星のや」、”
『界 熱海』は、相模湾を見下ろす伊豆山にあり、江戸末期の嘉永2年(1849)に創業した『蓬莱』という老舗温泉旅館の経営を引き継ぎました。160年という歴史ある宿の風格と伝統を大切にしながら、スパやライブラリー、湯上がり処などを新設し、快適さをプラスしました。居心地の良さとともに、以前から歳時記を意識してしつらえる掛軸や生花に、四季を感じていただけると思います。
温泉は伊豆山温泉の源泉「走り湯」を引き、目の前に広がる相模湾の眺望と名湯を楽しめます。さらに熱海芸妓による長唄や常盤津、舞などの粋な芸を愛でることもできます。
『界 熱海』別館の『ヴィラ・デル・ソル』は海に面したルネッサンス建築のオーベルジュで、国の登録有形文化財です。宿泊の方はどちらも行き来でき、連泊で和と洋のふたつの寛ぎを体験できます。
この宿で私が感じるいちばんの良さは、海から吹くゆるやかな気持ちのいい風です。宿に到着したとき、客室の窓を開けたとき、そして湯上がり。湯上がり処「青海テラス」をはじめ、風を感じるような演出を随所に施していますので、ぜひ注目してほしいですね。
一方リゾナーレは、平成13年に『リゾナーレ八ヶ岳』を誕生させたことからスタートしました。その際に顧客に想定したのは、小学生以下の子供連れのファミリーです。
日本では、夫婦ふたりのときは海外旅行に行っていても、子供が生まれると国内旅行に切り替える方が多いのです。子連れでは海外より、国内旅行のほうが安心で楽ですからね。ですから、そうしたファミリー向けにきめ細かくサービスすることを考えました。
託児室や子供専用のアメニティが揃う客室、離乳食の提供など、子供連れのお客様が快適に安心して満足して泊まっていただくことを心がけました。そして多くの方に来ていただくことができ、『リゾナーレ八ヶ岳』での成功体験が、事業を進めるうえでの大きな励みになりましたね。
『リゾナーレ熱海』は、熱海の海と名物の花火をテーマにデザインし、フロント前の吹き抜けの空間には、
しかし何といっても、この宿の素晴らしさは熱海の街の眺望です。朝陽に包まれる清々しさや、花火の美しさ、宝石をちりばめたような夜景。それが全客室から望めます。ここで私は、熱海がまるでモナコに見えるという発見をしました(笑)。
宿のハードもソフトも充実させていますが、この絶景に勝るものはないだろうと思います。
■日本人は、誰と、どこへ行くか、 で宿を変える
『リゾナーレ熱海』では、3世代ファミリーのお客様が多いですね。子供と親、そして祖父母。今は孫と祖父母は別々に暮らすケースが多いので、一緒に過ごせる旅がしたいわけです。祖父母が旅のスポンサーになることで、3世代旅行はますます増えるでしょう。
じつは日本人の旅行は、誰とどこへ行くかという“場合”によって泊まる宿が変わります。3世代で行くときは『リゾナーレ熱海』へ。夫婦、あるいは友人と行くときには『界 熱海』へ。これが日本人の旅の大きな特徴です。
海外のホテルグループは、高級ブランドから大衆ブランドまで、ランクに応じた施設を揃えるというブランディングをするのですが、日本ではそのような方法は合いません。海外ではお金をどれだけ払えるかで泊まる宿が決まりますが、日本は格差社会ではないので、それぞれが時と場合によって宿を使い分け、旅の仕方を変えているのです。
夫婦の記念日には高い宿に泊まり、子供と一緒ならば安い宿にする。久しぶりのひとり旅は贅沢に、友人と旅をするときには相手の予算の都合に合わせて、というようにじつにフレキシブル。それが日本人なのです。
それぞれのニーズに応じた宿を作る必要があると感じていますし、満足度も上げたい。しかし何よりも、新たな発見を探して、まだ見ぬ日本を巡る素敵な旅を、皆さんと一緒に作り上げていきたいと思っています。
【星野リゾート 界 熱海】
所在地/静岡県熱海市伊豆山750-6
電話/0570-073-011
本館チェックイン15時/チェックアウト12時、別館同14時/11時
本館1泊2食付きひとり3万4000円~、別館同2万6000円~。全23室。
【星野リゾート リゾナーレ熱海】
所在地/静岡県熱海市水口町2-13-1
電話/0570-073-055
チェックイン15時/チェックアウト12時
1泊2食付きひとり1万9400円~。全77室。
星野佳路(ほしの・よしはる)
昭和35年、長野県軽井沢町生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院にて経営学修士号を取得。平成3年、株式会社星野温泉(現・星野リゾート)代表取締役社長に就任。平成15年には国土交通省より、第1回観光カリスマに選定。趣味はスキーで国内外で滑走を楽しむ。
※この記事は2013年8月号増刊『旅サライ』より転載しました。
取材・構成/関屋淳子
撮影/浜村多恵