今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「自分で不愉快の眼鏡をかけて世の中を見て、見られる僕らまでを不愉快にする必要はないじゃないか」
--夏目漱石
世の中は思うようにはいかないものだから、時として不快や不満を味わわされることは、誰しもあるだろう。でも、そこにばかりとらわれていると、周囲にまで不快感が飛び火する。そんな不愉快の眼鏡は、ちょっと外してみたらどうだい、と夏目漱石は語りかけるのである。
自分でも気がつかないうちに、そんな眼鏡をかけていないか。誰しもが、時には鏡の前で自問自答してみる必要があるのかもしれない。小説『野分』の中に書かれた一節。
何年か前、あるメーカーの冷凍食品に農薬が混入されるという事件があった。しばらくして、製造元の工場の契約社員が逮捕された。報道によると、犯人は「給料が安くてやっていられない」と愚痴をこぼしていたという。
そんな不満が事件を引き起こす要因だったとすると、彼のかけていた「不愉快の眼鏡」が、会社を飛び越して一般消費者にまで大きな不愉快をまき散らした事件ともいえそうだ。
一方で、正社員と契約社員の待遇の格差も、是正すべき問題として指摘されている。すぐには根本的な解決ができないまでも、そばにいる誰かが、ちょいと「不愉快の眼鏡」を外してあげられる時間をつくれればよかったのかもしれない。そんなふうにも思う。
落語家でお笑いタレントの笑福亭鶴瓶さんなどを見ていると、逆に「愉快の眼鏡」をかけて周囲に愉快をふりまいている印象がある。なかなか、ああはいかないなぁ。広く世界を見渡してみても、あちこちの国の指導者層の顔に「不愉快の眼鏡」が見える気がして、先行きが案じられる。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。