「とんぼのめがねは水いろめがね」という歌い出しの童謡があるが、むろん、トンボは実際にメガネをかけているわけではない。ご存じのように、あの大きな目は、小さな「個眼」が集まってできた「複眼」である。
その個眼の数、およそ2万。もともと飛翔する昆虫は個眼の数が多いのだが、トンボがそれだけ大量の「眼」を持つに至ったのは、飛びながら他の昆虫を補食する必要性によるものだという。
個眼そのものの視力は、人間の視力でいえば0.01~0.02ほどしかないのだそう。その代わり、視野の広さは360度と、極めて広い。
これを人間に当てはめて考えてみたい。
人間も40歳を過ぎると、誰しも次第に「老眼」になってくる。水晶体の弾力性が弱まり、ピント調節力が低下した結果、近くが見えにくくなる。
しかし、加齢によって視力自体は衰えたとしても、そのぶん広い視野を持つことになっているはずだ。これまでに飛行=人生経験を重ねてきた経験から、「視覚センサー」自体の衰えを補うように、広角の「累進多焦点レンズ」を持ち合わせるようになったといってもいい。
最近よく使われる言葉に「複眼思考」がある。オックスフォード大教授の苅谷剛彦さんの『知的複眼思考法』(講談社+α文庫)に由来するのだが、複数の視点を自由に行き来し、一つの視点にとらわれない相対化の思考法を指す。その逆の「単眼思考」とは、いわゆる「バカの壁」で遮られたものの見方しかできない人の陥っている状況を言う。
同書によれば、苅谷さんが以前教えていた東大の学生でも、「単眼思考」に陥ってしまいがちな若者は多いという。しかし、そうしたステレオタイプから抜け出し、多面的にものごとを捉える力を様々な角度で身につけることで、日々の暮らしの捉え方は確実に変わるということを、累進多焦点でものを見るサライ世代なら、本来とくと承知なはず。
世の中にはありとあらゆる思惟や哲学、宗教が氾濫しているし、その影響も受けてしまうため、本当の意味で自分の頭で考えるというのはかなり難儀だが、ともかく複数の視点を持ち続け、独善的な思考に陥らぬよう、年を重ねるごとに、ますます意識していきたいところだ。
監修/前刀禎明
文・構成/鈴木隆祐
【参考図書】
『とらわれない発想法 あなたの中に眠っているアイデアが目を覚ます』
(前刀禎明・著、鈴木隆祐・監修、本体1600円+税、日本実業出版社)
http://www.njg.co.jp/book/9784534054609/