今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「なるべく我儘(わがまま)にならぬよう、あまえぬよう、可愛がりて無暗(むやみ)にあまき物などやらぬよう、無暗にすわらして足部の発達を妨げぬよう、ご注意なさるべく候」
--夏目漱石
ロンドン留学中の漱石が、明治33年(1900)12月26日付、東京で留守宅をまもる鏡子夫人あてに出した手紙の一節である。まだ幼い長女・筆子のしつけについて語っていて、このあとさらに「これらは一時に害なきようなれども、将来恐るべき弊害を生じ一生の痼疾(こしつ)と相なり申候」とつづいていく。「痼疾」は、簡単に治らない病、持病のこと。
ここで改めて注目したいのは、「足の発達の妨げになるから、やたらと正座などさせてはいけない」といっているところ。漱石は、日本独自の生活様式が体型に影響していることをはっきりと認識し、改善を志そうとしていたのである。
近年、バレリーナの登竜門であるスイスのローザンヌ国際バレエコンクールで、男女を問わず日本人バレリーナが素晴らしい成績をおさめている。彼らの体型を見ていると、かつて胴長短足で見劣りした日本人的特徴は完全に払拭され、立っているだけで美しい。フィギアスケートの浅田真央選手、羽生結弦選手なども同様である。
なんだか、漱石の思いが100年余の時を経て結実してきているような感慨を覚える。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。