素朴派と形容されるアンリ・ルソー、“乳白色の肌”で有名なレオナール・フジタ(藤田嗣春)、写真家のウジェーヌ・アジェ。この3人を取り合わせた珍しい展覧会が、箱根のポーラ美術館で開催されています。
キーワードは“都市の郊外”。かつてパリの街は壁に覆われた城砦都市でしたが、人口増加とともに街が拡大し、“郊外”の概念が形成されました。そこには華やかなりしパリ中心とは違う風景が広がっていました。なぜ3人は郊外に注目したのでしょうか。ポーラ美術館学芸員の今井敬子さんに伺いました。
「3人の立脚点がそもそも異なり、郊外の風景に注目した理由も異なりますが、重要な共通点として、独学の精神が旺盛で、それぞれ型破りな芸術的なアプローチを生み出したことが挙げられます。その独創的な視点により、3人は伝統的な風景のテーマにとらわれず、新世紀において都市の変貌が浮き彫りとなる“郊外”という場所を選択したのだと思います」
ルソーは独学で絵を学び、日曜画家として他の誰とも違う画風を確立しました。ルソーにとって郊外の景色は、通関税徴収の仕事で見て回っていた日常の風景。公園や植物園など緑あふれる景色だけでなく、エッフェル塔や鉄橋、飛行船など新時代を象徴するものも取り上げました。
フジタの初期の作品には、自らと同じような移住者や貧しい人々が多く住む、パリの城壁周辺を暗く詩情溢れるタッチで描いた風景画があります。“乳白色の肌”のイメージとはまるで違います。よく「ルソーの影響を受けている」と説明されることが多いのですが、本展は、ルソーの実物の作品と見比べることのできる貴重な機会です。また、戦後、さまざまな職種の労働者を子どもの姿で表した連作「小さな職人たち」を残しました。掃除夫、屑拾い、刃物研ぎなど、下町や都市の周縁で生き生きと暮らす人々を捉えています。
アジェは変貌していくパリを記録しようと、約1万点にもおよぶ写真を撮影しました。20キロもある道具をかついで、パリとその郊外を回り、歴史的建造物、商店、路地、そこで働く人々を記録しました。アジェ自身は芸術作品として撮影したわけではありませんが、晩年に、アメリカ人芸術家のマン・レイに見出されたことをきっかけに評価が高まり、没後は「近代写真の父」として多くの芸術家に刺激を与えました。
一つ気になるのは、3人に、現実世界での交流があったのかということです。
「1910年に没した年長者のルソーは、1913年に渡仏したフジタと、1927年没のアジェ、どちらとも交流がありませんでした。フジタはルソーに会っていませんが、ルソーの作品に影響を受け、ルソーの絵画を数点持っていました。フジタはアジェに会って、写真を購入したことがあります」(今井さん)
特にフジタは、ルソー、アジェ、どちらの作品も手元に置き、少なからず意識していたことがわかります。
「いつの時代にもどこの場所にも、境界線は存在すると思います。パリの郊外の風景はすっかり様変わりし、3人が注目した「ゾーン」と呼ばれた郊外の風景はもはや現存していませんが、3人がパリの境界線に注いだ鋭敏なまなざしは、作品の中に息づいています。ぜひ、彼らの「境界線への視線」を感じ取っていただきたいと思います」(今井さん)
ポスターや落書きで覆われた建物など、アジェが撮影したようなパリを描いた、モーリス・ユトリロや佐伯祐三などの作品も合わせて展示されます。ポーラ美術館は、年末年始も無休です。休暇で箱根にお出かけの際は、ぜひ足を運んでみて下さい。
【ルソー、フジタ、写真家アジェのパリ―境界線への視線―】
■会期/2016年9月10日(土)~ 2017年3月3日(金)
■会場/ポーラ美術館
■住所/神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山 1285
■電話番号/0460・84・2111
■料金/一般 1800円 大高生 1300円 中学生・小学生 700円(土曜日無料) 65歳以上 1600円 障がい者手帳提示とその介護者1名 1000円
■開館時間/9時~17時00分(入場は16時30分まで)
■休館日/年中無休(ただし展示替のための臨時休館あり)
■アクセス/JR小田原駅、小田急線箱根湯本駅より、箱根登山鉄道強羅駅下車、施設巡りバス「ポーラ美術館」下車
※公式サイト/http://www.polamuseum.or.jp/sp/paris_2016/
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』